本気

第1話:NANIGASHI RADIO

 祠堂菜々羽のテロ騒ぎから、9日が経った。

 自室に押しかけて来た後、一矢の身には何も起こらなかった。

「(……何か、やっと平和になった気がする)」

 昼食後に教室でのんびりと外を眺めながら、一矢は穏やかなひと時を満喫していた。毎日のようにダクトから自室に1名侵入してくるが、この際それはいい。小学校からの付き合いだし、もはや気にならない。

 そこでふと、一矢は思う。

 もしかすると自分は“異常”に慣れてしまったのではないだろうか。

 冷静に考えて、いくら幼馴染(であり、友人であり略)とはいえダクトから侵入してくるってどうなんだ。明らかにヤバいだろ。

「……52、53、54……」

 そして、当の侵入者は一矢の隣で竹刀を振っていた。

「なあ紗月」

「どうしたの一矢君」

「その……おれの感覚的に違和感があるんだけどさ」

「うん」

「なんで教室で竹刀振ってるんだ?」

「もしまたアレが来たら、今度こそ倒さなきゃいけない」

 紗月は着ている体操服の袖で、顔の汗を拭う。

「用はそれだけ?昼休みの内に100回やりたいから」

 竹刀を頭上に掲げ、床に向かって振り下ろす。その動作を繰り返す。

「……外でやれば?」

「ダメ。それじゃ一矢君を守れない。……私は油断していた。驕りがあった。だから何度も一矢君を危機に晒してしまった。一矢君の部屋にアレを入れてしまった。私は母として一矢君を守る義務があったのに……!」

 当然ながら紗月は一矢の母ではない。そもそも息子の危機に自ら刀を持って立ち向かおうとする母が、この現代に何人いるだろうか。

「まあその……うん。頑張れ」

 しかしこの状況すら、一矢にとっては最早日常だった。“朝の歯磨き”レベルには習慣化していた。

 それは、一矢だけではない。

「あ、上村さん今日も素振りしてる。頑張って」

 にこやかに声を掛けていく男子生徒もいれば、

「さ、紗月ちゃん。私剣道部なんだけど、一緒に素振りしてもいい……?」

「うん。いいよ」

「あ、ありがとう!上村さん、体大きいから良い振りしてるなあ……私も頑張ろ!」

 そう言って紗月と同じく体操服姿で並んで素振りをし始める女子生徒もいた。

 入学当初こそ紗月の奇行はクラスで浮いていたが、彼らも一矢と同じく、それを日常と捉え始めていた。

「(……あれ、ってことは)」

 これが日常ということは。“非日常”は何が起こるんだ?

 そのとき、黒板の上にある校内放送用のスピーカーから、ザザッ、とノイズが走った。

「……あー、あー。ピンポンパンポーン。某高校の皆さんこんにちは。13時になりました。ここからは、“NANIGASHI RADIO”のお時間です」

「“ナニガシレディオ”?」

 一矢は首を傾げる。前日までこのような放送はなかった。一体今日はどういう風の吹き回しだろう。周りのクラスメイト達も、不思議そうに顔を見合わせている。

「入学式から1週間とちょっとが経ちました。新入生の皆さま、学校生活には慣れたでしょうか?本日もMCは私、“セブンウィングス”が担当いたします」

 セブンウィングスって誰だ。声から女子であることはわかるが、MCっぽく作った口調をしていて個人の特定は難しい。

「さて、今日は一通のお便りが来ています。ペンネーム、“停学テロリズム”さんです」

「うん?」

 そのとき、一矢の頭で何かが繋がった。自分が察したことは何か、それを一つ一つ解きほぐしていく。

 MC名“セブンウィングス”。日本語で、ななつの羽。

 ペンネーム、“停学テロリズム”。

 そして、何の前触れもなく突然始まったNANIGASHI RADIO 。

 ……まさか。

「“セブンウィングスさん。こんにちは”。はいこんにちは。“私には今気になっている人がいます。その人はゲームが好きで野球が得意な人なんですが、どうすれば彼が振り向いてくれるかを悩んでいます”。ほほう、青春の甘酸っぱいお悩みですね。では、こういうのはどうでしょう?野球で対決する、というのは」

 バン!と何かを叩く音が鳴り、割れんばかりの大きい声がスピーカーから聞こえた。

「聞いてますわね、佐山一矢!!今から私、祠堂菜々羽は貴方に野球勝負を申し込みます!今日の放課後、グラウンドに来なさい!そこで全ての決着を!」

「あのヤロォ!!」

 と言って教室から飛び出したのは紗月だった。刀を担いで放送室に飛んで行った。

 勝負を申し込まれた一矢は、自席で頭を抱えていた。どうにかしてこのわけのわからない勝負を避けられないかと頭を回した。が。

「あ、逃げたら裸の人形のこと話すから、そのつもりで」

「あのヤロォ!!」

 ひた隠しにしていた秘密を校内放送で暴露され、一矢も教室を飛び出した。“裸の人形”って、何も隠せていないじゃないか!

 アイツだけはいっぺん締めなければならない。その一点において、一矢と紗月は完全にシンクロしていた。

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