祠堂菜々羽の勧誘

第1話:よく見ろ!人間じゃない!

「どうすんだこれ……」

 男子寮のロビーを出てすぐの場所で、一矢は途方に暮れていた。

 地面に、目を見開き虚空を見つめる紗月型のラブドールが横たわっている。

 他の生徒が朝食を摂る中、一矢は“贈り物”の処理に困っていた。

 正直、こんなものを外に出したくない。だから一旦自分の部屋に持って帰ろうとしたが、「使うのかな……」と周囲から聞こえてやめた。

 軽く調べてみたところ、小型だったり下半身パーツだけのものは燃えないごみとして捨てられるらしい。しかしこのラブドールは紗月をほぼ完璧に模しているため、デカい。有料粗大ごみとして、しかるべき方法で廃棄しなければならない。切り刻んで袋に詰めようかと思ったが、端から見れば死体損壊の実行犯だったためやめた。何故紗月はこんなものを贈ってきたのか。

「いやまあ、おれのせいでもあるか……」

 昨日寮長に見つかった時に紗月をラブドールだと言わず、不法侵入であることを打ち明け、ペナルティを受けたほうがマシだったのだろうか。しかし、嘘を吐いたことで何事もなくあの場を乗り切れたのは事実だ。

 まあ、幸いにもここは男子寮の敷地内だ。塀で囲まれているから、門から堂々と入ってこない限りこのブツが見られることはない。わざわざ侵入してくる女子もいないだろうし(紗月以外)、ゆっくり考えるとしよう。

「佐山一矢!」

 と思っていた矢先、背後の男子寮の門から女子の声がした。嫌な予感がして振り返る。

 祠堂菜々羽が、何故か堂々と男子寮の敷地内に入ってきていた。

「し、祠堂!?男子寮に何の用だ!?」

「それはもちろん、貴方の勧誘です!さあ、私と一緒に部活を……え?」

 そして、一矢の足元にある“それ”を見て菜々羽は固まった。

「きゃーーーーーーーっ!!!!」

 予想通り、菜々羽は頭を抱えて絶叫した。

「ま、待て!違うんだ祠堂!」

「いやっ、近寄らないで下さい!何が違うと!?女性の服を剥き、地面に横たえるその所業の何が!?」

「落ち着け、よく見ろ!人間じゃない!……お、重たっ……」

 ラブドールの背中を支えるようにして起き上がらせ、菜々羽に見せる。

「えっ、えっ……?」

 いまだに困惑した様子だが、菜々羽は涙目でその人形を見る。

「あっ……確かに」

「な?」

「……じゃあ、どうして貴方はそんなものを……?」

 菜々羽の目の色が、殺人犯に向けるものから別の恐怖に変わる。

 マズイ。

 このままでは変態扱いされる。しかし今回に限って、打開策を見つけるのは簡単だった。

「いやその、今朝いきなり紗月が……」

「……あぁ……」

 紗月の名前を出しただけで、菜々羽が納得した。この時ばかりは、一矢は紗月の人間性に感謝した。そもそも彼女が原因でこの状況になったわけだが、今が乗り切れれば何だっていい。

「結構苦労してるんですね……」

「ああ、そうなんだ……。というわけだから、また後でな」

「あっ、はい……」

 そう言って一矢はラブドールを担ぎ、結局自分の部屋に持ち帰った。女子に見られるくらいなら、男子に愛好家と噂されるほうがよっぽどマシだ。

「そういえばアイツ、何しに来たんだっけ……?」

 クローゼットにラブドールを押し込んだ頃には、菜々羽が何をしに来たのかをすっかり忘れていた。

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