第3話:対決

 ゲームが始まる。

 端から見ればただの遊び。

 しかしプレイヤーの上村紗月と祠堂菜々羽にとって、それは一矢を賭けた本気の勝負だった。

 彼が望んでいた“楽しく気楽な”ものとは全くかけ離れていた。

「で、ゲームは何を?貴方に決めさせてあげましょう。言っておきますが、普通のゲームだったら負けませんから」

 菜々羽は紗月に向かって啖呵を切る。よほど自信があるように見える。

「わかった。じゃあ……」

 そして紗月は高らかに宣言した。

「愛してるゲーーーーーーーム」

「は?」

「ルールは簡単。今から私とあなたが一矢君に“愛してる”って言う。一矢君を照れさせたら勝ち。OK?」

「え、いや、あの、ゲーム……」

「ちゃんとゲームですけど?」

 動揺する菜々羽に対し、紗月は圧倒的に堂々としている。

「待ってください!ゲームって、テレビゲームとかボードゲームとかでしょう!?愛してるゲームって何!?」

「愛してるって言って、照れさせたら勝ちのゲーム」

「ルールのことを言ってるんじゃなくて!だからその、ああ、なんて破廉恥な!彼女のいる男子に“愛してる”なんて……!」

「え、別におれ紗月と付き合っ」

「ゲームスターーート。先攻はあげる」

「ええ!?まだ心の準備が……もういいですわ!やって差し上げましょう!勝てばよくってよ!」

 吹っ切れた様子を見せる菜々羽。口調が少し変化している。入学式もそうだったが、どうやら興奮するとお嬢様口調になるらしい。

「んっ、んん。さ、佐山さん。私、あなたに彼女がいることは知っています」

「え、いやだから紗月は彼女じゃ……」

「いえ、いいんです。いいんです、何も言わなくて。それが私のための嘘であることはわかってます」

「……」

 繰り返しになるが、一矢は紗月を恋人だとは思っていない。しかしどうやらこの“愛してるゲーム”、菜々羽は一矢と紗月が付き合っているというシナリオを立ているようだ。なんだかんだ言いつつ、彼女なりに本気で一矢を照れさせに来た。

 一矢としては、紗月との関係を誤解しているなら解いておきたい。が、それはそれとして菜々羽の真剣さが面白いので、一矢は余計な口は挟まないことにした。

「ですけど、……私、悪い子なんです。貴方のことを諦めきれない。だから……!」

 自分の胸の前でぎゅっと手を握り、一矢を見つめる。

「わ、私は、あ、貴方のことを、愛して、ます……あーっ!!!」

 告白のセリフを言い切ると、菜々羽は両手で顔を隠して教室の床を転がりまわった。

「あーっ!あーっ!わたくし、なんてこと!今日初めて会った方にゲームとはいえ告白なんて……!」

「そんなになるならやめればいいのに……」

「何を甘えたことを!乙女の矜持を犠牲にしてでも、人として掴み取らねばならないものがあるんですわよ!」

 菜々羽は立ち上がると、真っ赤な顔で目を回して一矢に詰め寄ってきた。

「さあ、いかがでしたか!?相手に彼女がいると知りつつも愛を伝える覚悟の告白!グッと来たのでは!?」

「……」

 正直に言うと、グッと来た。“あなたのことを諦めきれない”、人として、一度は言われてみたいセリフじゃないだろうか。しかも自分が悪い子であることを認めつつ、恥じらいも忘れない。満点の回答だ。

 演技とはいえ、お嬢様にそう言われたことで一矢の頬が緩んでいく。あ、やばい、顔がにやける……。

「ふぐっ!?」

 と思っていた矢先、突然一矢の顔に柔らかさを持ちつつも圧倒的な質量を持つ何かが押し付けられた。離れようとするが、後頭部を押さえられているため身動きが取れない。

「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……」

 一矢の頭上から、紗月の呪詛のような“愛してる”が聞こえる。自分が紗月の胸にダイブさせられたことを、彼はようやく理解した。

「ちょ、ちょっと上村さん!?一体何を!?」

「このゲームの勝利条件は、“愛してると言って相手を照れさせること”。その手段は問わない」

「だからってこれは反則でしょう!?こんな、じ、自分の胸に……!」

「んーっ!んーーっ!!」

 一矢は拘束から逃れようともがく。しかし身長に比例して紗月の腕力は強い。

「あ、一矢君が“こんなところでハグなんて恥ずかしい”だって。だからこのゲーム、私の勝ち」

「絶対言ってません!そもそも、私の“愛してる”がどうだったかもまだ聞いてません!」

「人間を除く自然界に“告白”なんてイベントはない。自分の欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れなきゃ」

「それはそうですけど!」

「んーっ!んーっ……」

 胸を押し付けられていることによる圧迫感と高校生ならではの興奮で、一矢の意識が遠のいていく。

「納得いきません!佐山さんも何か言って……って佐山さん、佐山さん!?」

「一矢君、照れすぎてもうイッちゃいそうなんだって」

「いやあなたが押し付けてるからでしょう!?佐山さん……」

 そうしてわけのわからないまま、一矢は気を失っていくのだった。

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