第3話 タピる

 彼女は珍しくJKらしいものを購入していた。タピオカミルクティーである。タピオカブームに乗っかって、雨後の筍のように乱立したタピオカミルクティーショップは、当然のように相模原のフードコートにも進出しており、多くの女性客で賑わっている。


「杏仁ミルクティー、ナタデココ追加、甘さ最大で、あと氷なしで」


某二郎のような呪文をすらすら詠唱する彼女を呆気にとられてみていると、店員さんに催促された。


「お客様は? 」


本人にその気はないのだろうが、後ろがつかえているから早くしろ、という圧を感じる。


「え、えーとミルクティー」


「トッピングされますか? 」


「な、なしで。え、あ、氷もなし」


「え? 」


「こ、氷なしで! 」


「甘さはどうされますか? 」


「あ、甘さなしで」


「ノンシュガーですか? 」


「え、あ、はい、それで」


「確認させていただきます。ミルクティー一つ、トッピングなし、氷なし、ノンシュガーでお間違いないですか? 」


「ハイ」


「ポイントカードお持ちですか? 」


「あ、持ってないです」


「四百七十三円です」


「あの、あICカード使えますか? 」


「ここにマークのあるキャッシュカードは全てお使いになれます。緑色に光ったらタッチをお願いします」


流れるように差し出されたタピオカミルクティーにストローをぶっ刺しながら、すごすごとその場を退散した。HPが削られた気がする……。


 僕の右往左往っぷりをニヤニヤしながら見ていた彼女は、席に着くなりその事をいじってきた。


「ちょっとコミュ障すぎない?私相手の威勢の良さはどこに行っちゃったんですか〜? 」


「うるさいな、そっちには関係ないじゃん」


「いや〜私に数学教えてる時の威厳をわけてあげたかったね〜さっきは」


ウザいテンションでいじりまくってくる彼女に、僕はつい言ってしまった。


「この前、彼と話したんだよ。内容気になる? 」


彼だけで通じたらしい。面白いように顔色が変わった。僕としては話の方向を変えたかっただけなのだが、彼女の表情は真剣だった。


「何。何か話したの」


「いや、大したことは……」


「どういう意味? 」


何か誤解されたらしい。断っておくが、彼女の好意を『大したことない』と表現するクズさは僕にはない。断じてない。


「君のことは話さなかったよ。久しぶりにゲームしようって盛り上がったんだ」


「ああ、なんだ」


彼女の表情が柔らかくなった。僕は包み隠さず、彼と話したことを説明した。タコ焼き、身長、ゲーム、漫画、ユニフォーム。


「本当に大したことないってわかったろ」


「うん、そうね。でも」


「でも? 」


彼女は僕の瞳を見て呟いた。


「彼の言うことわかる」


「……どういう意味? 」


先程の彼女と全く同じことを言ってしまった。まあ彼女のことだから、あまり深い意味はないんだろうけど。


「冷めてるってところだよ」


「僕が? 」


「他に誰がいるのよ」


それはそうだ。


「私も興味ないことに対して熱心な方じゃないから、そういう意味では君と同類なんだろうね。だから彼のことを好きになったのかもしれない。自分には足りないものを持ってる人って、魅力的だから。ほら彼って当たり前みたいに他人のために頑張るじゃない?私にはできないことなんだよね。君もそうでしょう?私たち他人に興味ない属は、他人に優しい人にちょっぴり憧れがあるんだよ……いや。私にコンプレックスがあるからだね」


「コンプレックス? 」


気まぐれで自分勝手な彼女には似つかわしくない言葉に思えた。彼女は見た目は地味だし、正直に言えば頭が良いわけでもないけど、劣等感とは無縁に見えた。


 彼女はそれ以上彼の話はせず、珍しく集中して自習をしていた。いつもこの調子だったら……と思わないではなかったが、それはそれで居心地が悪かった。僕は彼女を初めて自習に誘った時のことを思い返してみた。


「僕の自習に付き合ってくれない? 」


と彼女に声をかけた時、彼女は嬉しそうな顔をした。それは事実のはずだ。僕は彼女のことをかわいいと思った。そういえばあの時みたいな嬉しそうな表情を、彼女は見せてくれなくなった。


 夕方のフードコートは僕らのような高校生の他に、小さな子どもを連れたお母さん達や、電源の前でパソコンに向かっている大学生がいる。そういえばこのフードコートでは小さな子どもをよく見る。子どもを遊ばせるスペースごあるからだろうか。逆にお年寄りはあまり見かけない。このフードコートの中だけ見ていたなら、少子高齢化なんて信じられないかもしれない。


 僕らは高校生で、若くて、でも子どもではなくて、視野が狭い。僕の毎日を構成しているのは、家と学校とこのフードコートだけ。全部相模原のなか。不満もなく不足もない。それでいい、と思うのは僕が冷めているからなのだろうか。それとも不満もなく不足もない、なんて言い方するから、冷めているなんて言われるのだろうか。


 そんなことで悩むなんてバカみたいだ。

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