第2話 割とコスパ悪めのタコ焼きについて
僕は今、幼馴染みの男とフードコートに来ている。今回食べているのはタコ焼きだ。ちなみに彼女はタコ焼きはあまり食べない。理由は
「値段のわりにお腹が膨れないから。コスパ悪い」
だそうだ。タコ焼き屋さんに謝れ。タコって高いんだぞ、ケンカ売ってんのか。でもまあ一舟六百円ちょいというお値段は、バイト禁止の高校生にはなかなかのお値段かもしれない。
幼馴染みは期間限定のタコ焼きと普通のタコ焼きでものすごく悩んで、結局普通のタコ焼きを注文していた。僕は即決で普通のタコ焼きを頼んだ。
幼馴染みはよく日焼けしていた。彼はバスケ部にしては身長が普通程度だったが、それでも僕よりは身長が高かった。
「身長いくつだった? 」
と尋ねてみると
「百七十三」
と返ってきた。記憶にある彼の身長より十センチほど伸びていた。
幼馴染みといってもアニメによくあるような、家族ぐるみの付き合いではない。幼稚園から同じところに通っていたらしいが、クラスが一緒になったのは、小学三年生が初めてだった。彼は足が速く、僕はゲームが上手かったので、お互いそこそこのリスペクトを持って付かず離れずの良好な関係を築いていた。習い事、部活、よく一緒にいる友達、何一つ被っていないが顔を合わせれば話をするし、通学路で見つければ駄弁りながら帰る。
中学校も同じだったが、僕らの良好な関係は続いた。お互いいじめっ子にもいじめられっ子にもならなかったのが幸いした。彼は運動はそこそこできるものの、ヤンキーとつるむタイプではなかったし、よくも悪くも地味だった。僕は僕で中学時代は成績が良かったので、バカにされることは少なかったし、やっかみを受けるほど大人受けが良いわけではなかった。
こうして高校一年生の七月現在にいたるまで、僕と彼は知人以上親友未満の曖昧な幼馴染み関係を続けている。クラスは違うが僕は彼がバスケ部に入ったことを知っているし、彼は僕が生物部に入ったことを知っている。
彼女が彼のことを好きになったのは、五月の体育祭がきっかけらしい。お互い体育祭実行委員だったそうだ。うちの高校は何かしら委員会に所属しなければならないので、五月の体育祭でその任を終わらせてしまおう、というのは、いかにも彼女の考えそうなことだ。
なぜ彼女の考えそうなことがわかるのかといえば、僕もまた、同じことを考えて立候補し、じゃんけんに負けたからだ。僕は彼女のように自由奔放ではないし、気まぐれでもないが、根本の考え方は似ているのかもしれなかった。
彼はその手の考え方をするタイプではない。おおかたスポーツが得意だから、とかそういう考えで体育祭実行委員を引き受けたに違いなかった。彼は見た目とは裏腹に僕や彼女より真面目だ。僕や彼女が見た目を裏切って真面目ではないと言うべきか。
彼は真面目で堅実な人間であった。またスポーツのできる人間にありがちな驕りや高慢は微塵もなく、僕のような根暗にも話しかけやすい。朴訥な人柄はバスケ部というより合気道部とかにいそうだ。うちの高校に合気道部はないので完全にイメージだが。
僕が彼とフードコートに来たのは、もちろん彼女の
「私、好きな人がいるんだ」
の一言と、その対象が彼だと知ったからだが、彼に何か尋ねようと決めていたわけではなかった。ただ僕の日常において『特別仲が良いわけではないが友人とは呼べるであろう幼馴染み』という役割だった彼が、『部活仲間で自習仲間である女友達の想い人』という別の色彩を帯びるにあたり、再度彼がどのような人間か確かめておきたかった、のかもしれない。
確かめるまでもなく、彼は彼のままだった。身長は伸びていたし、バスケ部らしくリストバンドなんかつけていたが、チャラ男に変身したわけでもヤンキーになったわけでもなかった。相変わらず彼はアニメはあまり見ないが、少年漫画とゲームは好きだった。
僕と彼は小一時間ほどゲームの攻略と漫画の話で盛り上がり、フードコートを後にした。彼女が彼への想いを告白したあの出口には、展示物があった。興味のない僕はスルーしようとしたが、彼がスマホを取り出して写真を撮りはじめたので仕方なく立ち止まった。相模原のプロスポーツチームのユニフォームが飾ってあった。
スポーツ観戦にまるで興味のない僕はよく知らなかったのだが、相模原には四つのプロスポーツチームがあるらしい。男女一つずつサッカーチームと、アメフトとラグビーだ。そう言えばスタジアムとか多い気もする。彼の専門(?)はバスケだが、他のスポーツにも興味があるのはちょっと不思議だ。プロスポーツチームのユニフォームがあるというのは、興味がある人間にはもしかしなくてもすごいことなんだろう。
僕の冷めた視線に気がつき、彼は
「悪い」
と言って走ってきた。別に僕が興味のないことに対して、彼が興味を持つのは悪いことではないが、うまく説明できないので、頷いて歩き出した。
僕と彼はいわゆるチャリ通である。少し漕ぎ出したところで彼が話しかけてきた。
「お前は興味なさそうだけどさ、地元にスポーツ選手がいるとか、そういうの良いよな」
「そういうのって? 」
「おんなじようなところで、頑張っている人がいるってこと」
「ふーん」
僕のぶっきらぼうな言い方がツボにハマったのか、彼は声をあげて笑った。
「お前は昔から冷めたところあるよな。ある意味で良いところだけどさ。本当は運動音痴ってわけでもないのに、体育とか全然本気出さないじゃん」
「余計なお世話」
「ごめんごめん。でもそういうとこあるのは事実じゃん」
「語尾に『〜じゃん』つけるのって関東の方言って知ってた? 」
「マジ⁈ 俺って方言男子だったの? 」
「知らん」
僕と彼は、くだらないことを話せる友達だ。
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