相模原のでかいフードコート
刻露清秀
第1話 ポテトのLを食べながら
我が地元、相模原は極めて平均的な郊外の体をなしている。都会でも田舎でもない郊外。ここで起きることはおそらく日本の郊外だったら、どこでも起こりうることなんだと思う。そう言い切れるほど、僕は他の郊外を知らないが。
横浜市民が神奈川県民を名乗らないことはあまりにも有名だが、神奈川県という枠組みに帰属意識を持っている県民は少ないのではないだろうか。いろいろとプライドの高い横浜、サザンが国歌な湘南、大仏とかいろいろある鎌倉、デートスポット江ノ島、スカジャンの地元横須賀、リゾートな葉山、サーファーとかいる逗子、エイベ文化圏な町田。などなど濃ゆい面子のなかにありながら、我らが相模原はあまりにも無個性だ。町田は東京?実質神奈川なので問題なし。まあ鎌倉も江ノ島も湘南じゃないか、とか、横須賀も葉山も逗子も三浦半島だろうが、とかツッコミどころは色々あるけどスルーして欲しい。
ディスから入ったが、僕は地元がけっこう好きだ。熱烈なファンというわけではないけどサッカーチームあるし、デカめの駅けっこうあるし、電車もバスも便利だし、不満があるとかそういうんじゃない。僕が言いたいのは、僕は極めて平均的で一般的な郊外の男子高校生だということだ。
平均的で一般的な僕は、偏差値の高くも低くもない高校に通い、そこそこ部活を頑張って、たまに近くのでかいショッピングモールのフードコートで、友達とだべりながら勉強をしている。このフードコートというのがまたなんとも平均的なだだっ広いフードコートで、有名チェーン全部のせみたいなラインナップの店舗には、僕らみたいな高校生や親子連れが群がっている。充電スペースとウォーターサーバーがあるのも人気の秘訣だろう。
「ねえ、ここ教えてくれない? 」
彼女はそう言って、数学の問題を指さした。
僕と彼女は同級生であり、部活仲間であり、自習仲間である。週に一、二回ほど、こうしてフードコートで何かしら食べながら勉強をしている。彼女は現代文が得意で、僕は数学が得意。凹凸が上手く噛み合って、なんとなく一緒にいる。そんな友人だ。
教えてくれない?と言われたから説明しているのに、彼女は僕の説明をろくすっぽ聞いていなかった。
「聞いてる? 」
と多少の苛立ちを込めて尋ねると、彼女は我に返った。
「聞いてる、聞いてる」
「うそつけ」
バレた?と彼女は笑った。彼女は笑うと笑窪ができる。右側に一つ。色白の一重瞼は笑うと三日月のように細くなる。
彼女のこういう一面を知ったのは、つい最近のことだ。それまでは見た目通りの真面目な優等生だと思っていた。ワンレングスの長い黒髪をうなじで一つにまとめ、スカートは長めだから。うちの高校の制服はブレザーなのだが、絶妙にダサいことで有名で、女子の大半はスカートを短くしたり、靴下を短くして脚をだすことで華のJKであることをアピールしている。彼女はその手のアピールを全くと言っていいほどしていなかった。誠に失礼ながら、彼女は同年代の相模原JKと比べて芋くさかったし、どこか野暮ったい印象だった。
でも、いや、だからこそ僕は話しかけやすかった。根っからの陰キャで文化系で、当然のことながらまるでモテない僕は、同年代の女子女子した女子は異世界のモンスター同然で、話しかけるなんてもってのほかだ。その点彼女は親しみやすかった。
自習に誘ったのは僕からだった。優等生然とした彼女は頭も良いのだろう、という今思い返せば浅はかな考えで彼女に声をかけた。何はともあれ女子と勉強をする、ということが重要だった。苦手科目が被ってなかったこともあり、OKをもらった時は、ちょっとだけ周りに自慢した。
「もう一回、説明してもらえる? 」
甘えを含んだ声で言われて、僕はため息を吐いた。彼女が優等生なのは見た目だけだった、というのは言い過ぎかもしれないけれど、少なくとも勉強ができる方ではなかった。
彼女は他のJKとは違う。それは確かだ。でもそれは勉学に打ち込んでいるからではなく、好きなことしかしない猫のような気まぐれからだった。僕と同じ生物部のくせに数学と物理にはまるで興味がなく、小説が好きだから、という僕には謎な理由で現代文はノー勉でも高得点。
彼女の気まぐれは、このフードコートでも申し分なく発揮されていた。ある日は
「揚げ物が食べたーい」
と天丼。ある日は
「肉食いたいんだよね」
とステーキ。口を酸っぱくして言うが、僕は女子という生き物をよく知らない。それでもわかる。運動部でもないのに放課後にステーキは、おそらく一般的な女子の胃袋ではない。胃下垂を疑う。今現在
「ねえ、さっきはごめんってば。もう一回」
と悪びれもせずにつまんでいるのは、マックのポテト、Lサイズだ。その食欲はどこから来るのだろう。僕は数学の問題を、一から説明しなおした。
彼女がようやく数学の問題を理解したところで、今日はお開きになった。僕と彼女はフードコートを去り、駅へと歩く。くだらない話しかしない。学校の噂話、今期のアニメ、ソシャゲのイベントなどなど。でも今日は彼女の口が重かった。
フードコートから僕らの最寄り駅側の出口まで歩くと、ほぼほぼショッピングモールを端から端まで歩くことになる。ショッピングモールの出口の前で、彼女はぽつりと呟いた。
「私、好きな人がいるんだ」
そう言ってあげた名は、僕のよく知る人物。僕の幼馴染みで、バスケ部補欠の男だった。
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