第4話 たまにはキングの方でハンバーガーを
マックと略す人、マクドと略す人、マクナルと略す人、色々いるようだ。ドナルドって略す人はネットでもリアルでも見たことない。僕も彼女も彼もマック派。関東人なので。略し方に地域差がでるほど全国にチェーン展開しているマックだが、実は我らがフードコートにはもう一つハンバーガーを売っている店がある。キングだ。
キングとマックの違いとしては……なんだろう。キングの方がポテトが太い。あとちびっ子連れが並ばないので混まない。ハンバーガーの本場、アメリカではマックよりキングの方がメジャーだときいたことがあるが、それは本当なんだろうか。
定期試験も終わり、夏休みになって数日後、幼馴染みから誘われて少年漫画原作のアニメ映画を観た帰り、僕らはいつものフードコートにいた。夏休みの真っ昼間、フードコートは多くの家族連れで賑わっていた。なんとなくハンバーガーの気分だった僕と彼は、マックの行列に並ぶ気分にはなれず、キングの方でハンバーガーとポテトを買った。
「いやー熱かったな! 」
しばらくは映画の感想で盛り上がった。呼び出されたので何事かと思えば、アニメ映画を一緒に観る友達がいない、とシリアスなトーンで言われた時は、失礼ながら笑ってしまった。周りにオタクがいなさそうなのでまあ納得ではあるが。
「でもバスケ部の奴ら、こういう……一般向けっぽいのは観るんじゃないの? 」
一般向けという言葉が既にオタク臭いな、と思いつつ尋ねてみる。彼にとってのいわゆる『いつメン』には漫画の話ができる奴もいたはずだ。彼が学校でつるんでいるバスケ部の連中を脳内に思い浮かべてみたが、今どき漫画も読まないような硬派な人間はいそうにない。
独断と偏見で物を申せば、神奈川の高校におけるスクールカースト上位勢はほとんどがマイルドヤンキーである。バイクで暴れてるガチのヤンキーは知らないが、マイルドヤンキーは漫画雑誌を好み、アニメにも寛容である。それどころかドルオタや声優オタをしているヤンキーも存在する。ちょっと治安悪めの漫画とか、推しのためにペンライト振り回す団結感とか、そういう文化はヤンキーと相性が良いのかもしれない。女子ヤンキーにはジャニオタも多い。
湘南のサザン、町田のエイベ。二つの巨大音楽勢力が入り混じる相模原は、ヤンキーのみならず音楽ファンが多いのは納得がいく。ヤンキーがオタクに寛容というよりか、ヤンキーが漫画やアニメ、オタク系も含む音楽を好む、と表現するのが正解だろうか。
我が高校の運動部ももれなくマイルドヤンキーどもの集まりであり、彼のような朴訥とした人間は少数派で、したがって彼のつるんでいる人間もマイルドヤンキーなのだから、アニメ映画くらい行きそうなものである。
「カノジョと行ったからもういいってさ」
彼の返答にしばらく黙ってしまった。予想していなかった答えだからである。訳知り顔で解説などしていたが、マイルドヤンキーの生態はよくわからない。
「……僕と行ってよかったの? 」
「いいんだよ。俺、カノジョいないから。欲しいけどさ」
良かったな、と心の中で彼女に言う。妄想の中の彼女は一重瞼の目尻を下げた。
「お前こそカノジョいないの?よく話してる女子がいるみたいだけど」
なぜかぎくりとした。間違いなく彼女のことだ。彼と彼女は知り合いで、僕と彼女の関係を彼が知っていたとしても何もおかしくないのだが、僕のことを話題に上げている彼女を想像するのは妙に不愉快だった。
「別に」
「そうか。お前らしいけど」
また『冷めてる』と言われた気がして、僕は気分がささくれだった。なんだよ、僕が何か悪いことをしてるみたいじゃないか。
「そっちこそ。君がそんな恋愛脳だなんて。ちょっとガッカリだよ」
言葉を吐きながら、これは彼女にも言いたかったことだと気がついた。『私、好きな人がいるんだ』そう言われた時、投げつけたかった言葉はこれだ。ガッカリだよ、君もマイルドヤンキー的な青春を望むんだね。
彼は僕が放った言葉の棘に、面食らったようだった。
「恋愛脳って……。カノジョ欲しいのってそんな浮ついてる?いや、俺の言い方が悪かった。誰でもいいとか、そういうことじゃなくて、俺を好きになってくれる人がいたら、俺もその人のこと好きになって、一緒に帰ったり二人で出かけたり、そういうことしたいってだけだよ」
「ああ、そう」
映画の雰囲気は吹き飛んでしまったが、謝る気になれなかった。彼の何気ない行動が、気に障ってしょうがなかった。我ながら理不尽だとは思う。何故そんな行動をとるのか、自分でも不思議だ。
気まずくとも帰り道は同じだ。幼馴染みとは不便なものだ。自転車置き場にポスターが貼ってあった。僕らとそう年の変わらなそうな若いレーサーが笑顔でこちらを見ていた。相模原市出身だそうだ。コンプレックス。不意に彼女の言葉が頭をよぎった。私に、コンプレックスがあるからだね。
僕もだ。
ただ漫然と高校生活を過ごし、目立った特技もなく、青春の情熱も煌めきもわからないまま、春が過ぎ夏が来た。彼女のように自分だけの特別な誰かを見つけることもなく、彼のように特別な誰かを応援するでもなく、平凡を自覚しているくせにそれを受け入れきれない僕。特別な誰かになりたかったのだろうか。それは違うと思う。でも胃の辺りが苦しい。
期待や羨望を背負ってなお明るい笑顔は、僕には眩しすぎた。
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