第22章-4


 祭りの音は遠く聞こえた。わきを通る者はまぶたを瞬かせながら去っていく。その目はナイフを持った男より大量の猫に向けられていた。


「俺は思うんだ。かしわこそ、いずれは死ぬつもりだったんだってな。あのじいさんはきょうはくさせてるのが誰か気づいてたんだよ。その上で乗ってやってたんだ。いいか? がわ、あの爺さんはお前の家にしたことをこうかいしてた。変なふうに関わっちまって、ああなったのを後悔してたんだよ」


「嘘だ」


「いや、これも嘘じゃないぜ。今となっちゃ俺は柏木伊久男のオーソリティなんだ。ずっと奴のことを考えてたからな、下手すりゃ本人よりわかってるかもしれない。あの爺さんはとうにお前がやらせてるって気づいてた。ま、長谷川家の者だろうって思ってたんだ。そこにお前の写真がされた。内容はウサギ殺しだ。なおかつ、平子のばあさんが死んだ前後のことも聴いてた。若い警官に食ってかかってたって」


 北条はずっと前を向いたままだった。彼はられぬよう視線を動かした。わかぞうと焼きそば屋の兄ちゃんはたいしてる。


「だからえてお前に相談したんだよ。蓮實淳って占い師がじゃなんだがどうにかできないもんかってね。お前はビラをってみたらどうかと言ったんだろ? 脅迫にビラだ。『そういうのはお前の得意技じゃねえか』とでも思ったんだよな? 柏木伊久男はそれを聴いてかくしんしたんだろうな。こいつは長谷川の息子だって。そして、自分が殺されることもわかった。お前の馬鹿な考えを理解したってわけさ」


 猫たちは間合いをめていった。クロの声がする。


「おい、オチョ、今度はあんたがはなばなしいかつやくする番ってことだよな?」


「は? なんでそうなるんだよ」


「そりゃそうだろ。それにあんたはあねの右腕だ、そうしないと示しがつかねえぜ。ほら、もちょっと前に出ろよ」


 彼は口許をほころばせた。北条はいぶかしそうに見つめてる。


「しかも、そうのおばちゃんからもくげきしょうげんまで得てたんだ。柏木伊久男はもう殺される頃だろうと思った。お前が目の前にあらわれたときからそうなるだろうとわかってたが、そろそろだって思ったんだ。それで、先手を打った。俺を呼び込んだ上で自殺したんだよ」


 顔つきは変わった。カンナは口をすぼめてる。なんて表現すればいいかわからないものの、ある種の理解が感じられたのだ。


「さすがはなんでもお見通しの先生ですね。あの男が自殺したこともわかってたんですか」


「もちろんさ。さっきも言ったろ? 俺はあの男のことなら本人以上にわかってるんだ。あいつは愛する人を守るために殺しまでしてる。まあ、しっふくまれたんだろうが、愛が動機だったのは間違いない。その人がまた嫌な目にあってるんだ、どうにかしてやろうと思ったんだよ。それで俺たちの店をつぶそうとした。死ぬ前に呼んだのだって罪を着させようとしてのことだ。ただ、そうならない場合も考えてた。だからヒントを残しておいたんだ」


「ヒント? ああ、写真のことですか」


 蓮實淳は一度目をつむった。みょうなリーゼントは風になびいてる。


「そうさ。それに子供じみたリストもな。いいか? あの男はけっしてちょうめんな人間じゃなかった。それがあんなのを作ってたのは妙だ。それも、自分しか見ないものなんだから暗号めいたもんにする必要なんてなかったはずなんだよ。では、なんであんなのを残しといたのか? 長谷川、なんでだと思う?」


 全員がひとつところに目を向けている。北条は唇を強くんでいた。


「わからないか? ま、お前みたいな馬鹿でカスな奴にはわからねえだろうな。いいか? あの男は愛する人を守り抜こうとしてたんだ。そのためならなんでもやった。ただな、その相手は俺たちに感謝もしてた。そういうはざであの男は悩んだんだろう。だから、ヒントを残しといたんだ。最後まで愛する人のこうえるよう用意しといたんだよ。お前とは違うんだ。動機も、しょうもすべてが違ってんだ」


 息はさらに荒くなっていった。汗がほほを通り、落ちていく。彼は辺りを見渡した。


「で、最後だ。――ペロ吉? ペロ吉もいるんだろ?」


「ニャア」


「ああ、そこにいたか。ちょっとこっちに来てくれ。――そうだ、そこでいい」


 目はピンクの首輪へ向かった。唇はけいれんしたようになっている。


「知ってるだろ? お前が殺した子供の猫だ。お前はあの子が外に出されてるのを聞いてマズいと思ったんだよな? それで、殺したんだ。でもな、それだけじゃない。お前は殺しが好きなんだよ。子供の頃から生きてる存在を殺すのが好きなだけなんだ」


「違う。そんなわけがない。私は仕方なしにやったんだ」


「そうか? じゃ、これは訊こう。お前の家には母親のかわいがってた猫がいたな? 平子とのトラブルだってそれがもとで起こったんだ。その猫はお前たちがいなくなってからはっこつ死体として見つかった。それもお前がやったんだろ? なんで殺した?」


 彼はあごらしてる。頬は平面になっていった。


「ほら、言えよ。なんで殺した」


「仕方なかったんだ。母親が死んでからうるさく鳴くようになって、その度に父親は腹を立てていた。それで私にどうにかしろと言ったんだ」


 カンナは顔をあげた。嫌でも溜息はれてくる。――まったく、なんなの? この馬鹿は。


「ね、北条さん、それでその猫も殺したっていうの?」


「仕方なかったんだ。母親が死んでから父親は荒れまくって手がつけられなくなってた。猫がうるさいってだけでられてたりしてたんだ」


「じゃ、平子ってお婆さんも仕方なしに殺したっていうの? ほんと悪いけど、あなたってしょうしんしょうめいの馬鹿よ。この人より馬鹿がいるなんて考えられないけど、いたのねってくらいの馬鹿」


 ナイフが頬にあてられた。それでもカンナはじっと見つめてる。


「ほんとに怖くないんですか? あなたはされるんですよ。殺されるんです」


 一瞬だけカンナは千春を見た。それから腹に力をこめ、こう言い放った。


「まったく怖くない。この人がいてくれさえすれば私はなにも怖くなんてないの。いい? 北条さん、あなたはずっとおびえてるんでしょ。ついた嘘がバレないか、殺したことがバレないかって。そんなの馬鹿げてる。罪をつぐなって、――ま、死刑とかになるのかもしれないけど、それに向き合っていくしかないんじゃない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る