第21章-5


 さわがしい中にまぎれ込むと三人はハゲ頭を目指してうろちょろした。人が多く、りあわせるようにしないと進めない。


「おい、兄ちゃん、こっちだ。こっちだよ」


「ああ、やっと見つかった。千春、カンナ、行くぞ」


 オッサンはのどの奥が見えるほど笑った。けっこう飲んでるのだろう、首まで真っ赤にしてる。


「えらく決まってるじゃねえか。それに、そっちのお姉ちゃんはやっぱりおれいだね」


 提灯ちょうちんの明かりにけやきは色を変えていた。さんどうを行き交う人はたいがい笑ってる。その中でカンナはほほふくらませていた。――ま、別にいいけど、このパターンっていつまでつづくの? そう思ってるところに彼が身を寄せてきた。


「楽しいな。それに格好もこうなった方が祭りっぽくてよかった。そう思わないか?」


「そうね」


 二人は大声で言いあった。彼は本当に楽しそうだ。それはいいけど、なんか気に入らない。


「あっ、大和田の夫婦がいるぜ」


「えっ、どこ?」


「ほれ、広島風お好み焼きがあっだろ? その前だ。ああ、ありゃ子供なんだろうな。四人で歩いてる」


「ほんとだ。むちゃくちゃ楽しそう。奥さんのあんな顔はじめて見たわ」


 集団はけいだいに入っていった。タコを逆さにしたようなものはくるくる回ってる。千春は振り向いて腕をき出してきた。


「ね、これってどうたたいたらいいの?」


「ん、どうっていわれてもな」


 笑いながら彼は先に行った。カンナは思い切り口をとがらせてる。そんなの適当にやってりゃいいでしょ。私だって教えてもらってないもの。首をめぐらすとれた二人組が辺りをうかがってる。――ん? あれは山もっちゃんとわかぞうくんじゃない。


「ねえ! あそこ。ほら、おだん屋さんの方。あれっていつもの刑事さんたちじゃないの? あなたを探してるのかもよ」


「ああ、それっぽいな。おい、山もっちゃん! ここだ! 俺はここにいるぞ!」


 うちわ太鼓をかかげながら彼はわめいた。まわりのけんそうが消え去るほどの大声だ。


「ちっ、これでもわからねえか。――おい! 若造! お前だよ! 谷村新司と同姓同名の! ちっこい! あまり使えねえ若造!」


 その声は届いたのだろう、二人はひとみをき分けながら近づいてきた。


「おい! 大声でなに言ってんだよ! それに、あまり使えないってのはどういうことだ!」


「いや、悪かったな。でも、山もっちゃんってんじゃ他にもいそうだろ? ああ呼んだ方が特定しやすいと思ってな」


 若造は空をあおぐようにしてる。山本刑事は笑いつつ鼻先をまんだ。


「それにしてもお似合いじゃねえか。そうしてっと恋人同士に見えるぞ」


「は? そうか?」


「ああ、そうとしか見えないよ」


 カンナは薄くなった毛を見つめてる。これまでハゲてるとか思ってごめんなさい。あなたって、けっこういい人だったのね――そう思ってるわけだ。


「で、どうした?」


「どうしたもこうしたもねえよ。俺は何度も電話してたんだぜ」


「電話? ――あれ? ねえな。ん、着替えたとき忘れちまったんだ。悪かったよ」


「ま、それはいい。ちょっとこっちに来てくれや」


 二人はささやきあっている。カンナと若造は肩をすくめ、互いを見合った。


「なるほど、そうか。じゃ、だいたいは固まったってことだな」


「まあな。だけど、しょうはねえんだよ。げきしょうげんっていったって暗い中でのことではっきり見てるわけじゃねえしな」


「向こうは気づいてるのか?」


「いや、わからねえ。ばらの方にはだまっといてくれと言ったがどうだろうな。もしかしたら言ってるかもしれねえし」


「ふむ。あんたはこれからどうする気だ?」


「いったんはしょに戻るよ。とりあえず上の者に報告しとこうと思ってな。それに谷村には全部話すよ。これから大変なんだ、一人じゃ手に負えない」


 彼は細かくうなずいた。はなれたところで千春は腕を組んでいる。それを見て、刑事はまた囁いてきた。


「それにな、これは事件と関係ねえことなんだが、前から言っとこうと思ってたことがあるんだ」


「は? なんだよ」


 刑事はカンナを見つめてる。頬はゆるみまくっていた。


「いや、まさか。それはないだろ」


「なに言ってんだよ。気づいてねえのはお前さんだけだぞ。俺はとうにわかってたし、谷村だって同じ意見なんだ。ま、そういうわけだから、それは気にしなくていいってことさ。いや、こっちにとっちゃ悪い話でしかねえが、こうなったらしょうがない。罪あるところにおのを振り下ろすだけのこった」





 刑事たちが去っても彼はぼうっと立ちくしていた。たいを持つ手は力なくれている。


「ね、なに言ってたの? 私のこと見ながらなんか言ってたでしょ?」


「ん?」


 ほほは薄くまってる。――は? どうしちゃったの? なんで目を合わせないのよ。


「いや、たいしたことじゃないんだ。たいしたことじゃないんだが、ふむ、――いや、ちょっと待ってくれ。これは考えないとならないな」


「なに言ってんの? 大丈夫?」


 ハゲのオッサンはかなり先まで行ってしまった。追おうにも人が多すぎて近づけない。


「ねえ、これからどうするのよ」


 千春はまだ腕を組んでいる。声も不満げなものだった。


「ん、こうなったらたいけんぶつでもしてるか」


「じゃ、この前言ってた焼きそば屋さんに行ってみましょ」


 千春は腕を引っ張った。そうしながら、カンナへ目を向けている。


「そうだな、行ってみるか。――って、千春、こっちだ。逆だよ」


「そう。ほら、カンナちゃんも行きましょ」


 も? もってなによ。カンナは下唇をき出した。そうしてる間にも二人は歩いていく。――ふんっ、別にいいけど。


「おっ、なんだい、今日は違う女を連れてのご登場かい? あんたもすみに置けないね」


 じいさんはくったくのない笑顔だ。カンナははなれたところからにらみつけていた。


「いや、そうじゃないんだって。これは、その、」


「まあ、いいってことよ。昨日のお姉ちゃんもかわいかったが、今日のはえらくべっぴんさんじゃねえか。いやぁ、祭り姿も決まってんねぇ」


「爺ちゃん、やめろよ。ほら、」


「ん? あんたもいたのか。こりゃ悪いこと言ったな。もっと寄っておくれよ。おびに焼きそばやっからな」


 睨みつけたままカンナは前へ出た。でも、なかなか近づけない。うように進んでいくとみっちゃくしてる二人が見えた。――もう、なんなの? そうやって見せつけてるつもり? フェラーリ男はどうなったのよ。


 トコトントコトンと音がする。話し声はじゅうに過ぎてじゅもんのようだった。「明日は、」だの「事故って、」だの「探したんだけど、」などと聞こえてくる。ふとさんどうの方を見るとおうぞうわきをブルーのコートが通り過ぎていく。――え? あれって。カンナは目を細めた。――いや、なんだっけ? でも、どっかで見た気がする。


 振り返っても人であふれかえっていた。そのすきからは密着した身体が見える。――はあ、なんだかいろんなことがわからなくなってきたな。自分の気持ちも、これからどうしたいのかもわからない。だけど、やっぱりあのコートは気になる。――うん、ちょっとだけ追ってみよう。もう一度もじゃもじゃの頭を見てカンナはひとみへまぎれ込んでいった。

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