第21章-4
「ね、ほんとに
「ん?」
彼はぼうっとした顔をしてる。暇であってもバステト神像で遊ぶ気分にはなれないようだった。
「なんか言ったか?」
「言ったわよ。ほんとに法被なんて着るの? って訊いたの」
「ああ。ま、あの流れじゃそうなっちまうんだろうな。だけど、この格好に
「そうかなぁ。あのオッサン、ガッチガチの用意してきそうな気がする。ほら、あなたのことすごく気に入っちゃったみたいじゃない。自分と同じコーディネートにするかもよ」
「はい、こちらなんでもお見通しの占い師、蓮實淳の店。出てるのはその蓮實淳です」
「ああ、悪い。また店にかけちまったな」
「なんだ、あんたか。――って、こっちにかけてきたってことは、またえらいことが起きたってことか?」
「ん、まあ、そうだな。いま千葉にいるんだよ。
「茂原? なんでだ?」
カンナは耳はそばだてている。この調子じゃ相手は山もっちゃんだろう。だけど、モバラってなに? もしかして
「
言葉は
「それでなんだよ。どうした?」
「ん、ほんと嫌な話なんだが
「ふうん。で、
「は? どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。遺書はあったかって訊いてるんだ」
電話の向こうからはアナウンスが聞こえてきた。ベルの音もする。駅にいるのだろう。
「いや、それはわからない。そこまで聴いてないんだよ。――ああ、もう出ちまうな。いったん切るぞ」
「ちょっと待てよ。大切なことを言い忘れてるぜ。その茂原の親戚はなんて名前だ?」
カンナは背筋を伸ばした。自然とそうなっていたのだ。声はこう聞こえてきた。
「そうか。やっぱりな。ありがとよ、山もっちゃん」
彼はまた天井を見上げた。
ニヤつきながらカンナは雑誌を
がらりと戸があいた。顔を上げるとハゲ頭が見える。
「よっ、持ってきたぜ。今日はこいつを着てくれや。ほれ、これが
テーブルに広げられたものを見て、二人は目を合わせた。ただ、笑顔は
「これは
「っていうか、こんなにいいんですか? これはさすがに、」
「いや、いいんだって。何度も言うようだが、
表情は一瞬だけ
「ああ、そうだ。お茶をお出ししてくれ」
はいはい、やっぱりね。でも、その方がいい。このオッサン、「お綺麗なお姉ちゃん」と「こっちのお姉ちゃん」って言ってた。まあ、お綺麗じゃないのはわかってるけど、本人を目の前にして言うことじゃないでしょ。
「――でな、こうやって、この
「はあ、なるほど」
彼はさも感心したというような声を出してる。お茶を
仕事帰りにやって来た千春は戸をあけるなり
「どうしたのよ、それ。――って、もしかして私のもあるの?」
「あるわよ。この前のおじさまが用意してくれたの。『お
「で、あの人はもう着替えてるってこと?」
「そう。やだとか言ってたけど、その気になったみたい。もう
「きっと鏡見てニヤニヤしてんのよ。あんな顔の割りにはナルシシストだから」
コートを
「こんなの着たことないわ。カンナちゃんはどうするの?」
「ま、着るしかないんじゃない。これもお店のためと思って諦めるしかなさそうだわ」
「そう。だけど、ちょっと本格的に過ぎない?」
「でしょ。ガッチガチに本格的よ。それに、『なんたら
「ふうん。私はどうしようかしら」
千春は腕を組んでいる。カンナは奥へ向かった。とりあえずコーヒーでも出しとくか。そう思ったのだ。
「ま、あの人のことだから、千春ちゃんにも着ろって言うでしょうけど、」
そこまで言って、カンナは手を止めた。――あっ、そうか。もし千春ちゃんが着ないなら私とあの人だけってことになる。その方がいいかも。
「でも、無理に着なくてもいいんじゃない? 別にお店の人じゃないんだし」
「そうよね」
表情を整え、カンナはコーヒーを運んだ。千春は
「あくまでも私はお店のためにと思ってるだけよ。着たいわけじゃないの。こんな格好してんの見られたくないし」
「まあ、そうね。会社の人に会ったりしたら、かなり気まずいわ」
「うんうん、そうでしょ」
そうなんだって。
「っていうか、カンナちゃん、私に着させないようにしてる?」
「は?」
「おい、カンナ、どうだ? けっこう決まってるだろ。――おっ、千春も来てたのか。ほら、見てくれよ。
「それで行くの?」
唇はふたたびゆるんでいった。髪は
「もちろん。いや、髪型で悩んでさ。でも、なんとか格好良くできた。まさに完璧だ」
それが? 笑いだしそうになったけどカンナはタイミングを失った。立ち上がる気配を感じたのだ。
「じゃ、私たちも着替えましょ」
「え?」
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