第21章-2


 それからはいつものようになった。猫たちは「ニャ」だの「ナア」と鳴き、彼はしきりにうなずいてる。カンナは肩をすくめていた。


「あの、ちょっと訊いていい? ペロ吉はどこにいたの? さっき言ってたでしょ。『今日そのためのことをした』とか。それで出てきたってこと?」


 彼は焼きそばを取った。クロの首は物欲しそうに動いてる。


「いや、これは駄目だ。しょっぱすぎるからな。『ニャンミー』にしとけ」


「ねえ、こたえてよ。ペロ吉はどこにいたの?」


「ん、病院だよ。動物病院だ。線路向こうにあるだろ? そこにいたんだ」


「病院? でも、自分で行ったわけじゃないでしょ。誰が連れてったのよ」


ひるの奥さんだよ。俺はあの後でもう一度考えたんだ。犯人に飛びかかったペロ吉は首輪をつかまれ、そのまま強く引っ張られた。するとどうなる? 植え込みの奥へ飛ばされていったはずだ。だから、首輪はあそこに引っかかってたんだ」


「それはあのときも聴いたわ。それで?」


「その場合、をした可能性もある。ここまで歩いてこれりゃよかったが、そうはできなかった。となると他に頼れる人間のとこに行ったんじゃないかって考えたんだよ。ゆうくん家には誰もいなかったんだしな」


 オチョは顔をあげた。耳はぴんと張っている。


「おい、クロ、先生は俺の考えを自分のものにしちまってねえか?」


「しょうがねえだろ。『これはオチョの考えなんだけど』なんて言えるか?」


「まあ、そうだけどよ。たとえばえらい大先生に聴きにいったとか言やいいじゃねえか。人のがらを横取りすんのはよくないぜ」


「誰なんだよ、その偉い大先生ってのは。――ん? ちょっと待て。これって俺が考えたんじゃなかったか?」


 鼻をひくつかせ、彼は「悪かったよ。後であなめするからな」とあやまってる。カンナはのぞきこんできた。


「どうしたの?」


「いや、だからな、ええと、なんだっけ。――ああ、そうだ。そうなると蛭子のとこへ行ったんじゃないかって思ったんだよ。それに俺はあそこのよめさんに訊いたんだ。悠太くんのことを知って、奥さんはどんな感じだったかって。そしたら、おどろいてはいたけどかしわのときほどじゃなかったって言ってた」


「それってどういうこと?」


 ばしくわえながら彼はあごを引いた。表情にはまたためいが浮かんでる。


「これは想像でしかないけど、もしペロ吉を見つけたらどうするかって考えたんだ。あんな雨の日だったんだ、こいつはぐしょれだったはずだろ? 俺だったら様子を見にいくね。そうなると階段の下で死んでる悠太くんを見たってことにもなる」


「じゃあ、蛭子の奥さんが第一発見者だったってこと?」


「違うよ。きっと一階の住人が見つけた直後とかなんだろう。パトカーが近づいてる間にでも行ったんだ。そうでなきゃ、犯人を知っててかばてしてることになる。そうは考えられないからな。――ま、そういうわけで俺はあの人んとこに缶詰を置いていったんだ。回復してるなら迎えに行くんじゃないかって思ったんだよ」


「ふうん」


 ソファにうずまり、カンナは腕を組んだ。目は細まってる。


「で、その犯人ってのは誰なわけ?」


「いや、それはまだわからないな」


「でも、言ってたじゃない。蛭子の奥さんが庇ってるとは思えないって。それって誰かわかってないと出てこない言葉でしょ。違う?」


「は? そんなこと言ったか?」


「言ってた。私はこの耳でちゃんと聴きました」


 猫の顔は声にしたがって動いてる。オルフェはしっらしながらつぶやいた。


「ほんと仲がいいね、この二人は」


「まったくだ。でも、まるで子供のけんだよ。ペロとベンだってもうちょっとはマシだろ」


 これはゴンザレスだ。キティは鼻を鳴らしてる。


「ねえ、このことだけじゃなく、最近、私に言ってくれないこと多くない?」


「ん? どういうことだ?」


 混乱がふたたびおおいはじめていた。それに、またあの表情だ。なんでそんなに申し訳なさそうにしてんの?


「私たちってパートナーでしょ。これまでも二人でがんってきたんじゃない。そりゃ、私はあなたがどうやって占ってるとかも知らないし、この事件のことだってよくわかってないわよ。でも、そろそろ終わりそうだってのはわかる。解決するんだろうなって。――ね、大和田さんのときも、蛭子さんのときも、いろいろ言ってくれたじゃない。このことだってちゅうまでは教えてくれてたでしょ。それなのになんで言ってくれないの?」


「それはだなぁ、」


「それは?」


 頭に手をあて、彼はうなった。視線はいろんなところへ散っている。


「――ええと、そう、危ないからだよ」


「危ない? それって私が危ないってこと?」


「そうだ。考えてもみろ、犯人がねらったのは全部か弱い者だ。しかも、馬鹿なやり方で殺してる。バレなかったのは運がよかっただけなんだ。でも、そうは思ってないんだろう。自分はかしこい人間とでも思ってんだよ。裏で糸を引き、すべてをあやつってたのは自分だってな。ただ、なんでもお見通しの占い師様を巻き込んだせいでそれもくずれはじめてる。向こうも気づき出してる頃なんだ」


 髪をき回しながら彼は考えてる。――ふむ。ま、これは嘘じゃないからな。しょうそろうまではこうしといた方がいい。


「だから、私も危ないかもしれないっていうの?」


「ああ、そういうことだ」


 カンナは顔をき出した。――なるほど。この前から気になってた表情は心配のあまり出てたものなのね。なんだ、それなら言ってよ。だけど、あっちはどうなってんだろ?


「わかった。でも、もう一つだけ訊いてもいい?」


「なんだ?」


「千春ちゃんがデートするって言ってたでしょ。それはどう思ってるの?」


「は? それは関係あるのか?」


「あるの。言って。それについてはどう思ってるの?」


「どう思ってるって言われてもな」


 掻き回され過ぎて髪はくちゃくちゃになっていた。――っていうか、あれは半分以上が嘘なんだって。だいいち道具立てがダサすぎるだろ。フェラーリだの、やまの社長だのってな。うーん、でも、どうこたえるのが正解なんだろ?


「その、なんだ、」


「うん。なに?」


「ま、あまり気にしてないな。っていうか、忘れてたくらいだ」


「本当? それって本当に本当?」


「ああ、本当に本当だよ。それに、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ」


 顔は自然とニヤついていった。――つまり、この人は千春ちゃんのことなんかより私の心配をしてるってことよね。くさえんが結婚するかもしれないってのに、そんなのは身にせまるかもしれないを気にしてたってわけ。ま、そうよね。私がいなくなったら頭がおかしくなっちゃうって言ってたもん。


「どうしたんだよ」


「え? 別に。いや、違った。もういっこだけ。私がそばにいなくなったら困るのね?」


「あ? ――まあ、そうだな。君がいなくなったら、そりゃ困るよ」


「だから心配してくれてるってことなんでしょ? それで、今は全部言えない。そういうことよね?」


「あ、うん、そうだ」


 なんだかよくわからない話になっていたものの彼はうなずいておいた。カンナはほほを押さえてる。

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