第21章-1



【 21 】




 二人はいつもの格好でしきに出た。蓮實淳はグレーのスーツ、カンナは『F・U・C・K』としゅうのあるスカジャンにデニムのスカート。ハゲのオッサンはそれを見て笑いだした。


「いや、はっくらいあった方がよかったか。とくに兄ちゃんの方はなんだかわからねえ姿になっちまってるもんな」


「そうですか?」


「ああ、それじゃしんきんの人間がつきあいで参加してるって感じだ。全然んでねえよ」


 オッサンはさけぶようにしゃべってる。周囲も大声であふれていた。


「ま、今日は馴らし運転のつもりでいこうや。明日にゃ法被も持ってきてやる。ああ、そういや、あのおれいな人はどうしたんだ?」


 カンナは顔をあげた。なんてこたえるんだろう? そう思っていたのだ。ただ、それだけではなかった。ここのところ元気がないっていうか、変な表情してることが多い。こういうのっていつからだっけ?


「あいつは仕事があるんで今日は無理だって言ってました。ま、明日は来るんじゃないですかね」


「そうかい。じゃ、あん人のも用意しとこう」


 高らかにたいを打ち鳴らし、オッサンははなれていった。カンナは口をとがらせてる。


「どうした? なんでそんな顔してる」


「別に。――ううん、違った」


 トントントコトンと音がする。「それそれそれぇ!」と掛け声もあがった。さんどうひとだかりになっていて普段のかんさんさからするとなほどだ。


「最近、変な顔してること多くない?」


「変な顔? 俺のこと言ってんのか?」


「もちろんそうよ。そりゃいろんなことがあったから、――その、あの子は死んじゃったし、ペロ吉は見つからないし、それに、」


 そう、それに千春ちゃんはたま輿こしに乗っちゃうかもしれないしね。それで悩んだりしてんじゃないの?


「いや、とくに変な顔はしてないと思うけどな。いつものにがばしったいい男のはずだ」


「嘘よ。苦み走ったってとこもそうだけど、私のこと見るときも、こう、なんだろ? 申し訳ないっていうか、」


 カンナは混乱してきた。――ん? ってことは、この人は私の気持ちを知ってて、でも、やっぱり千春ちゃんが好きだから申し訳ないってこと?


「ああ、そういうことか」


 うちわ太鼓をたたきつつ二人はけいだいへ入っていった。人いきれで中はし暑くなっている。


「だけど、ペロ吉はそろそろ見つかるはずだ」


「へ?」


「今日そのためのことをしてきた。もしかしたら店に来てるかもしれないな」


「えっ、じゃ、戻らない? ペロ吉が来てるかもしれないんでしょ」


「いや、そいつは後でいい。っていうか、まだ知りたくないんだよ」


「は? どういうこと?」


 さらにわけのわからないことを言われてカンナはまぶたを瞬かせた。ただ、彼は先へ向かってる。いなどうのある方だ。


「おっ、来たな、兄ちゃん。待ってたぜ」


「ああ、おやっさん、大変ごせいきょうのようだな」


「おうよ。ほれ、お前さんがいつ来てもいいように沢山つくっといたんだ。幾つ持ってく? 十個くらい持ってくか? ――ん、なんだ、そりゃ彼女か? いやぁ、ずいぶん若い子を捕まえたもんじゃねえか。おい、しょう、お前もこんお人を見習って彼女の一人二人つくっとかなきゃならねえぜ。いつもムスッとしてるとモテねえだろ?」


 青年は唇をゆがめながらヘラを使ってる。非常にれた手さばきだ。


「おい、幾つにすんだ? ここにあるの全部持ってくか?」


「いや、さすがにそこまで食えないよ。――そうだな、じゃ、四つもらってくか。でも、おやっさん、ほんとにいいのか?」


「いいって、いいって。バイト代だよ。たいつくるの手伝ってくれただろ?」


 カンナはふたたび考えこんでいた。ペロ吉に会うのは後回しでいいってのはどういうこと? まったく理解できるとこがないんだけど。


「明日も来てくれよ。明後日もな。なんなら一緒に働くか? きっちりんでやるぜ」


 爺さんは袋を渡してきた。こうなるともう太鼓は叩けない。


「カンナ?」


「あ、はい」


「こいつを置きに一度戻るか」


 そう言ったときにはまたためうような表情が浮かんだ。それを見つめながらカンナはゆっくりうなずいた。






 ごった返すさんどうを抜けると二人は溜息をついた。


「焼きそば持って帰るだけで一大事業だな。ほんとすごい人だ」


「まったく。いったいどこからき出てきたんだろ。いつもはどこにひそんでるのよ」


 カンナは乱れた髪を直してる。彼は薄くだけ笑った。


「なに?」


「いや、表現がな。湧き出ただの、潜んでるって」


「だってそうでしょ? いつもはうんざりするほどいないってのに、」


 口を閉じ、カンナは奥をうかがった。暗い中にかすかな音がする。――やだ、お化け? それともごうとうとか?


「ああ、やっぱり来たな」


 彼は奥へ向かった。さわがしさが嘘のように店は静まってる。


「ほら、入れよ。――って、大勢で来たな」


 窓をあけると猫がうじゃうじゃ入ってきた。なるほど、この展開か。ん? ってことはやっぱりペロ吉が見つかったってこと? カンナは一匹ずつチェックしていった。――うーん、いないなぁ。ほんとどこ行っちゃったんだろ?


「ナア!」


 暗い中から声が聞こえた。はいはい、大トリはこのお方ってことでしょ。満を持してのご登場、猫しょう様ってわけね。カンナは目を細めてる。でも、入ってきたのはハチワレの小さな猫だった。


「――ニャア」


「ペロ吉! ペロ吉なの?」


 ならぶ猫をき分け、カンナは抱きかかえた。そうだ、一緒に店をはじめたときもこうしてこの子を抱いたんだっけ。そう思うと涙があふれてくる。


「どこ行ってたのよ。心配したのよ。でも、よかった。ゆうくんはわいそうなことになっちゃったわね。私、あなたも同じようになってたらって思って、」


 ペロ吉はほほめてきた。いろいろ言ってるけどその声は聞こえない。


「なに? 泣かないでいいって言ってるの? ごめんね、泣きたいのはあなたの方だもんね。――そうだ。これ、」


 カンナは首輪をつけてあげた。ペロ吉はあごを引いている。


「うん、これでいい。あの人がね、これはあなたにとって大切なもんだって言うからっといたの」


 ふたたび「ナア!」と声がした。顔をあげると茶色い身体が見える。キティの顔はいつもと違っていた。どこがどうとはいえないけど、そう思えたのだ。

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