第20章-9


「まだ納得いかないか?」


「いかないね。それに今の話がどう爺さんの自殺に繋がるんだ? いや、まったく納得なんてしてねえが、うらんでる奴がいたんなら殺されたってことになるんじゃねえのか?」


「じゃあ、もう一つだ。俺はあのリストもおかしいって言ってたよな? なんであんなわかり易いもんをつくっといたんだろうって。それについても理解できたことがある。これはあの男が自殺したぼうしょうにもなるはずだ」


 彼はソファにうずまった。脳の奥には光がめいめつしてる。なにかを伝えようとしてるかのようにだ。


「あのリストを見せたとき、あんたはこう言ってたな? 『古びた手帳に書いてあったが、最近のものだ』って。それで思ったんだ。もし、ごく最近に書いたもんだったら、あれは俺に向けたヒントだったんじゃないかって」


「は? どういうことだ?」


「いいか? あの男は平子の婆さんが殺されたのも知ってた。誰がやったのかもわかってたんだよ。そうなりゃ、じきに自分も同じ目にあうって思ったはずだ」


「ちょっと待てよ。前の話じゃ、『HM20Y』が平子殺しの犯人ってことになってたろ? 柏木伊久男はそいつを脅迫してた。それもウサギ殺しでって――」


 刑事はあごを落とした。ひたいには汗が浮きあがっている。


「そうだ。そこでも繋がってんだよ。長谷川の息子はウサギが殺された現場の写真でわざとおどされてたんだ。俺はお前のせいで自殺した人間の子供なんだってわからせるためえてそうしたんだろうよ」


「いや、わけがわからねえ。なんでそんな手の込んだことをしたってんだ?」


「それはこう考えられる。柏木伊久男は脅迫相手と上手いことやってた。長谷川の息子からしたら、当初の目的は果たせなかったわけだ。めいを着させて殺すつもりだったんだからな。だから、どういうふうにしてんのか気になったんだ。それにかんするつもりもあったんだろうよ」


「そいで、ウサギを殺したってのか? はっ! そんな馬鹿なことがあるか」


「馬鹿げてるのは確かだよ。だけど、実際にウサギは殺されてる。俺は気になってそのときの新聞を読んだんだ。殺虫剤入りのえさで殺されたって書いてあった。それも十二年前の猫殺しと一緒だ」


 彼は脚を広げた。刑事はしきりにまゆを掻いている。


「山もっちゃん、事実を元に想像するんだ。いんを繋げるんだよ。ある日突然、柏木伊久男の元にはこいつを脅迫しろって指示がきた。そうしなきゃ、殺人のぜん持ちだってバラすとでも書いてあったんだろ。二重の脅迫ってわけだ。誰のわざか心当たりがあったあの男はそれに乗ったんだ。たぶん、その前からいずれは自殺するつもりだったんだろう。でも、そうできなくなった。蛭子の家で生ゴミさわぎが持ち上がったからだ」


「ふうむ」


 刑事はてんじょうあおいだ。首には疲れがみえる。


「俺はそいつをちゅうはんに解決してしまった。蛭子嘉江は怖れ、柏木伊久男に相談した。それで、あの男は脅迫状をこしらえたんだ。自分のとこに送られたのに似せてな。でも、なにも変わらない。そこでどうしたか? あの男は長谷川の息子に相談したんだ。それも敢えてやったことなんだろうよ。どう言ってくるか試したんだ」


「そしたら、ビラをつくれと言われたってのか?」


「そうだよ。内容もある程度の指示があったんだろう。だから、あの爺さんがつくったと思えなかったんだ。脅迫状もビラも二人の意思が混じりあったもんだったってわけさ」


「それでリストがヒントだってのは?」


「それはこういうことだ。あることがきっかけとなって柏木伊久男はいよいよ自殺する気になった。それも長谷川の息子に言ったんだろう。そこで提案があったんだ。俺を犯人に仕立てあげればいいってな。ただ、あくまでも殺すつもりだった長谷川の息子は『おびえた振りして外に出るな』とも言った。きっと正体がバレたと感づいたんだよ。外に出さないのも殺しやすくするためだ。柏木伊久男はそれも知っていた。それに、自殺のきっかけになったことが気になってた。だから、ヒントを残したんだよ」


「そのきっかけってのはなんだ?」


 彼は深く息を吐いた。背筋は自然と伸びている。


「ビラを見た蛭子嘉江は意見してくれたらしい。これじゃあんまりだってね。嘘のしょうげんまでしたのを考えるとけっこうキツく言ったんじゃないかな。だとしたら、あの男にはひびいたはずだ。なにしろ、あの人を守るために生きてたんだからな」


「あの婆さんに意見されて死ぬ気になったってのか?」


「いや、死ぬつもりだったのはだいぶ前からだろう。山もっちゃん、柏木伊久男がせいさんを手に入れたとしたらそれはいつの時点でだ?」


「あん? ――ああ、板橋の鍍金メッキ工場でくすねたんだろうから、あそこに越してくる前ってことになるな」


「だよな? それは長谷川と平子への後悔を示してるって思うんだ。片方は自殺して、もう片方は頭がおかしくなっちまったんだからな。あの爺さんはそれを悔やんでた。だからいつ死んでもいいように青酸を手に入れたんだ。でも、蛭子嘉江のことが気になって仕方ない。それで戻ってきたんだよ」


「そしたら、その相手にやってることを否定された。守ろうとしてたのにもうやめてくれとでも言われたってのか?」


「わからないが、そういうことだと思う。それくらいあの人の影響は強かったんだよ。――な、山もっちゃん、となりの爺さんのとこにあったにせ電話、あれも長谷川の息子が指示したんだ。たぶん、電話を掛けたときも横にいたはずだ。それは俺があそこに行ったとき誰もいない状態にしたかったからだ。長谷川の息子は隣の爺さんがを出てすぐに殺しに行くつもりだったんだ。ところが部屋に行くと柏木伊久男はもう毒を飲んでた。あわてた長谷川の息子はここに電話をかけてる。俺がまだいるか確かめるためにな」


「電話を? それは確かか?」


「ああ、うめき声が聞こえてた。あれは柏木伊久男のものだったんだろう。これは奴の携帯を調べりゃわかることだぜ」


 刑事は首を振っている。目つきはするどいものの他はたるんでみえた。


「さっきも言ったが、柏木伊久男は後悔してた。だから、やりたいようにさせてたんだ。ただな、あまりの馬鹿さかげんにうんざりしたんだよ。こんな馬鹿にだけは殺されたくないって思ったんだ。それに、蛭子嘉江に言われたこともあったんだろう。それで俺が捕まってもなんとかできる可能性だけは残した。長谷川の息子より幾分か馬鹿でなかったら、切り抜けられるようヒントを残したんだ」


 祭りの音は高まっていた。彼は時計を見つめてる。


「ところで、そうのおばちゃんはなんて言ってんだ? 見たって言ってたんだろ? あいつのことを」


「いや、顔までは見てないそうだ。背の高い若い男ってだけだよ。ただな、婆さんの声は聴いたんだとさ。だんぺんだけだがな」


「なんて言ってたんだ?」


「ん、ちょっと待ってくれ」


 手帳を取り出し、刑事はっていった。


「ここか。――ええとな、『あんたを知ってる。あの頃からあやしいと思ってた』」


「でも、それだけじゃないな。おばちゃんは町中であいつを見たかしたんだろう。それで怖くなったんだ。いつたずねて行っても出てこなかったって言ってたろ? それはあんたたちを信用できなくなってたからだ。その手帳には書いてあるはずだぜ。そいつが誰かってこともな。そうだろ?」


 突然立ち上がると刑事はにらみつけてきた。彼はその顔を見あげてる。


「気に入らないね。ほんと気に入らない。仮にそうだったとしても気に入らないよ。お前さんの話じゃ、あいつはガキの頃に猫を殺してたってことになる。ウサギもだ。そんなことあるか? いや、考えられない。しかも、子供まで殺したっていうのか? そんなはずがない」


「落ち着けよ、山もっちゃん。あんたがそうなるのはわかるが、そうでなきゃおかしいんだ。俺たちはあの子供が外に出されてるって言っちまった。わかぞうも親父が捕まるって伝えてる。それに平子の婆さんを殺したのと同じようなあらしの日だった。だから、あいつは殺しにいったんだ」


 彼も立ち上がった。二人はぢかで互いを見合ってる。


「それもただの想像にすぎない。いいか? 吉田和恵もしっかり見てたんじゃないんだ。似た感じの男を見て、結びつけてるだけかもしれないんだよ。それに名前だって違ってる。それはどう説明がつく? ようせつに入ったとでも言う気か? ――はっ! それじゃ、まるで二時間ドラマだ。十二年前のげきってやつさ。考えられんね。まったく考えられん」


「でも、あたってる。そうだろ?」


 指先を向けると、刑事はそれを払おうとした。


「え?」


 ガラス戸をあけたカンナはその場で首を引いた。なに? けんしてんの? ――ま、仲はいいけど、元々は捕まえた方と捕まった方だもんね。


「ああ、カンナちゃんか」


 腕をおろし、刑事は荒く息を吐いた。彼は首を振っている。


「どうしたの?」


「ん、なんでもないよ。ちょっとヒートアップしちまっただけだ」


「ふうん、そう」


 カンナは奥へ向かった。テーブルにはベビーカステラが置いてある。――そういえば「血が出てたけど、引っ掻いたの?」とか言われたな。ほんと、どうやったらあんなとこに傷ができるんだろ?


「それでだ、この後のことだがな、」


 刑事は腕を組んだ。薄い毛は逆立っている。


「おい、聴いてるのか?」


「ん? ああ、悪い」


 座り直し、刑事は視線をたどった。――は? なんだよ。これ以上しゃべるなって言うのか?


「山もっちゃん」


「なんだ?」


「とにかく名前が違ってるのは確かだ。ただな、いっさんになったって話もある。そこにかぎがあるのかもしれない。養護施設ってのはそれこそ二時間ドラマめいてるが、似たことがあったんだろう。それを調べて欲しいんだ」


「それはかまわんが、」


 そこまで言って、刑事は口を閉じた。いったいなんだってんだよ。カンナちゃんが来ただけでなんでそうなる? ん? まさかだけど、この先生はえらいかんちがいしてんのかもな。――はあ、ほんとわかってねえよな。そう思いながら首を伸ばすとカンナと目が合った。

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