第20章-7
薄暗い
「ああ、すみません。袋が置いてあるんですが。その、ビニール袋が」
「取ってまいりましょうか?」
「いえ、置いていくつもりだったんで大丈夫です。ま、私が出ていったら見て下さい。すぐにどういうことかわかるでしょう」
「はあ」
「はじまりましたね。今年は私も参加することになって、カンナと一緒に行くんですよ」
「まあ、それは。カンナさんは大喜びしてるでしょう」
「どうですかね」
「ああ、最後にもう一つだけ。あのアパートの家賃は八万円で合ってますか?」
「はい? ええ、そうですが?」
「それと、もう一つ。あなたはビラを見て、あの男に意見して下さったんですよね? それでもまたビラは
「はい。もうやめて欲しいと言いました。それが?」
「いえ、確認したかっただけです。ありがとうございます」
戸が閉まると嘉江は細く息を
「ふう」
溜息をついた瞬間によろけるようになった。目には
門を出た彼は笑いだした。細い枝にクロがぶら下がっている。
「って、クロ、どうした?」
「どうしたもこうしたもねえよ。先生、助けてくれ」
手を伸ばしても届かない。クロは爪を引っかけるようにしてなんとか
「こりゃ、どうしたもんかな。――ああ、そのまま落ちてこいよ。俺が受け止めっから、ここに落ちるんだ」
「落ちる?」
下を見た瞬間に
「あいつ、とことん
「なにごにょごにょ言ってんだ。ほら、大丈夫だから落ちてこいって」
「オチョみたいなこと言ってるな。ああいうの信用ならないんだよ。――でも、しゃあねえか。いずれにしたって落ちるしかねえんだ」
腹を決めたクロは身体を振った。もじゃもじゃの頭までは
「おっ、いいぞ。そうやって飛べ」
クロは
「おい、落ちるとこが違うぞ! ――あっ、痛え!」
「っていうか、先生も動きゃいいだけだろ? どんだけ運動神経悪いんだよ。――駄目だ、先生。動くなって。落ちちまうだろ?」
「だったら、爪をしまえよ。むちゃくちゃ痛いんだ」
「どうした? オチョはなに言ってんだ?」
「ありゃ
「クロ、あとを追うんだ。大丈夫か?」
「まあ、なんとかな。――じゃ、行ってくるぜ」
黒い身体が走り出すと彼はこめかみに指をあてた。血が出てる。それをしばらく見てから電話をかけた。だいたいは
「ああ、山もっちゃん、いまどこにいる?」
「ん、えっとな、けっこう近くだ。明治通り
「じゃ、こっちに来てくれないか? 顔を見て話したいことがあるんだよ」
「これからか?」
「可能であればすぐがいい。
声は
「わかったよ。すぐ向かう」
「そうしてくれ。時間があまりないんだ。もう少しでカンナが来ることになってる。その前に終わらしたいんだ」
「カンナちゃん? カンナちゃんになにかあるのか?」
「それはいいから早く来てくれ。――ああ、ちょっと待った。
「ん、吉田和恵のことか。それについては会ってから話すよ。俺もこいつは顔を見て言った方がいいように思えるんでな」
「わかった。じゃ、頼むぜ」
彼はふたたびこめかみに指をあてた。瞳には様々な色が映る。それを払うように歩き出したところに声が掛けられた。ベビーカステラのお姉さんだ。
「あら、どうしたの? 顔に傷なんかつくっちゃって。奥さんと
「いや、違いますよ。そんなんじゃないんで」
「ほんと? ――ま、いいわ。はい、これあげる。奥さんと食べて。喧嘩したときはね、甘い物あげるといいわよ。食べてるときって幸せでしょ? 怒ってるのが馬鹿馬鹿しくなるから」
だから、違うんだって。そう思いながらも
「ああ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「いいのよ。三日だけとはいってもご近所さんになるんだし、こんなにうるさいと店にも影響あるでしょ。そのお
頭を下げてるあいだにお姉さんは戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます