第20章-6
二匹の猫はずっとうつむいたままだった。体毛は風に
「なあ、さっき先生が言ってたの、どういうことかわかるか?」
「ま、ここの
「でも、そうなるとこっから降りなきゃならねえんだよな」
「そういうこった。いや、出てきてからじゃ無理だろうよ。降りきる前に見えなくなっちまう。つまりは――」
祭りの音が聞こえてくる。二匹は顔を見合わせ、ヒゲを
「こりゃ、若いもんの仕事になるな。クロ、そういうことだから降りてくれ」
「おい、簡単に言うなよ。登るのだってむちゃくちゃ大変だったんだぞ。降りるってなったら、」
下を覗(のぞ)くと毛が
「そんなのわかってるよ。でも、しょうがねえだろ? この瞬間に出てきたらどうすんだ。ほら、早く降りるんだ」
「そういってもな、どうすりゃ早くできるんだよ」
「俺に考えがある。ほれ、あの木があっだろ? で、こっちに向かって伸びてる枝がある。まずはあれに飛び乗るんだ。なに、大丈夫だよ。枝ってのは
マジで言ってんかよ。首を動かしながらクロは溜息を
「ほんとにやるのか?」
「そうなるな。ほら、クロ、飛び移るんだ。大丈夫だよ。お前は黒いだろ?」
「は? 色が関係あるんかよ」
「あるさ。俺はな、
んなわけねえだろ。そう思いはしたものの、しょうがない。クロはお
「おっ、上手くいったな。さすがだ。そしたら、今度はそっちだ」
わかってるよ。っつうか、そんなに言うならお前がやれよ。クロはふたたびお尻を振って、第二の枝に飛び乗った。
「十二年前になにがあったかですか?」
お茶を
「そうです。ふたたび線路向こうに住みはじめた
「はあ、確かにありましたね、そういうことが」
「その隣人はなんてお名前でしたか?」
「
彼は鼻に指をあてた。目は細まっている。
「どうなったんです? 細切れに売られたと
「奥様が自殺されたのは聴いてます? ――そうでしたか。それから間もなく引っ越されてね。それも、まるで夜逃げのように」
「夜逃げのようにですか。なぜです?」
「そりゃ、あんなことの後ではね。先生はどんなトラブルだったかもご存じなんでしょう? その、猫の
「そのようですね。有名な猫
「ええ、そう言われてました。ですから他にもトラブルというか、そういうのはちょくちょくあったんです。ただ、長谷川の奥様ってのがそれはもうすごい方で。ご主人が大学教授をされてたのもあるんでしょう、お子さんが二人いらしたんですが
「なるほど。そういうお宅が
「そうでしたね。それであの方はちょっとおかしくなってしまって。――ああ、少し前にウサギが殺されたことがありましたでしょう? その後に柏木さんが
「妙なことというのは?」
「その話になったとき、突然平子さんの名前を出して、――ええと、どう言ってましたかね。――そう、『本当に
「ということは、やっぱり平子さんのトラブルと関わってたってことですね。他に思い出せることはないですか? たとえばビラがどうとかは言ってませんでしたか?」
「いえ、とくには。ただ、あの人のことですから、そういう相談をされれば
「どうしました?」
「ちょっと待って下さい」
指を止め、彼は浅く息を
「そうでした。その、言いづらいことなんですが、あなた方のことを書いたビラがあったでしょう。私もあれを見たんです。それで言ったんですよ。これじゃあんまりだって。そしたら、あの人は『自分もここまではしたくないんだ』って。そのときの顔が、こう、思い
彼は目をつむった。見てないものだったけど映像が浮かんでくる。十二年前、トラブルのあった隣人同士、次々と死ぬ猫。そして、
「奥さん、夜逃げのようにいなくなったという長谷川さんですが、それからどうなったかわかりませんか? お子さんも二人おられたんですよね? 彼らがどうしたかは聴いてませんか?」
「わかりません。ただ、
「つまり、猫を殺したのも奥さんだったと広まったわけですか?」
「ええ、あそこの奥様は
「なるほど、そうでしたか。ところで、その家でも猫を飼ってたそうじゃないですか。その猫はどうなりました?」
「ああ――」
胸に手をあて、嘉江は
「先生はそれもご存じでしたか」
「いや、知りません。どうなったんです?」
「これもそういう噂があったというだけですが、長谷川さんのお宅が売りに出されたとき、
深く息を吐き、二人はしばらく見つめあった。
「まとめてみましょう。十二年前に柏木伊久男は以前住んでいた場所に戻ってきた。そこでかつて仲の良かった方から相談を受けた。間に入って話にいったが、相手はそんなことはしてないと言い張った。もしかしたら
嘉江はうなずいただけだった。彼は指を
「奥さん、いま言ったことが最近起こった事件の原因になってるはずなんです。そこでもう一度確認なんですが、あなたはあの男に私のことを話しましたね? 自分たちの秘密を知ってるかもしれないと」
「はい、それは言いました。それに、柏木さんはうちで起こってることを全部知ってたんです。ゆかりが生ゴミを置きはじめたのだって教えてくれましたし、その
「ああ、なるほど。あなたが生ゴミを置きだしたのはあの男の
「そうかもしれません。『そういうことなら、なんとかしよう』と
「それで、あの男は脅迫状を
「はあ」
彼はふたたび目をつむった。そうやって
「まあ、とりあえずはこれでいいでしょう。いろいろ教えていただけて助かりました」
「いえ、――先生? 訊いてもいいでしょうか?」
「なんです?」
目を閉じたまま彼は
「あなたは柏木さんを殺した犯人を探そうとされてる。それはどうしてです? あの人はあなたにとって
「そうですよ。私はあの男が嫌いだ。間違ったことばかり
嘉江は不思議そうな表情を浮かべてる。彼は
「わかりませんよね? でも、それでいいんです。今は理解しようとしないのが
向けられた指を見て、嘉江も薄くだけ微笑んだ。
「はい、たぶんそうかと。先生、ありがとうございます」
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