第20章-4


「失敗させられた? それはどういう意味です?」


「あのときも言いましたが、あなたの過去は見えづらかったんですよ。非常にぼんやりしてつかみどころがなかった。ただ、自殺した生徒――古川おりのことは幾分はっきりしていた。それと、彼女の残した『悪霊』という言葉はね」


 彼はぶつだんに目を向けた。はいは三つに増えている。お茶を差し出しながら嘉江も同じ方を見つめた。


「ゆかりさんの過去からも同じ言葉が見えたのは言いましたよね。それが間違いの元だったんです。いえ、あのときはそっちがらい内容だったんで、完全なるあやまりとはいえないんでしょう。しかし、あなたはきちんと見えてないのをいいことに古川紫織の自殺を自分と関係無いことのようにて上げた。ただ、知られたのは気になってたんですよね? みょうに質問が多かったのを憶えてますよ」


 嘉江はあごを引きめている。ただ、正面を向くとこうかくを上げた。


「それも前と同じですね。あなたはわざと私を怒らせ、言いたくないことまでしゃべらせてしまった。先生、あなたはそういうふうに見せてないだけで、大変かしこい方ですよ。これは元教員として思うことです」


「はっ! ありがたいおめのお言葉ですね。しかし、それだってあなたはわかっていた。なぜ怒らせようとしてるのかも知っていてえて乗ってきたんです。それは自分の過去にこれ以上立ち入られたくなかったからでしょう? 『悪霊』とは誰だったのか? どうして古川紫織はそう書いて死んだのか? それを知られたくなかったからです」


「でも、今じゃわかってる。そう仰りたいんでしょう?」


「そうですよ。そして、それはかしわの死に直結してる。あの男はある意味において、あなたに殺されたも同然なんです」


 突然立ち上がり、嘉江はものすごいぎょうそうで睨みつけてきた。


「私が! 私が柏木さんを殺したと言うんですか!」


「そうです。しかし、あくまでも『ある意味において』ですがね」


 スーツに手を入れ、彼は写真を取りだした。


「あなたとご主人、それに柏木伊久男ですね」


「なんなんです、それは」


「あの男のパソコンに入ってたそうです。それだけじゃない。あなたの写真だけでも相当あったようですよ。これを見せてきた刑事はこう言ってました。『これは好きな女を撮ったもんだろう』って」


 嘉江はけんしわを寄せている。彼は鼻先をたたきだした。


「いいですか? 想像でしかありませんが、私はこう考えてるんです。あなたは過去を見られ、怖れた。私を怖れたんです。どこまで知ってるかわからなかったのもあるのでしょう、とにかく古川紫織のことをこれ以上つつかれたくなかった。そして、柏木伊久男も同じように考えるはずと思った。そこでどうしたか? あなたは私をおどしつけるよう言ったんです。きょうはくじょうを送らせ、はいぎょうに追い込ませるようにってね」


「私が? 柏木さんにですか? あなたを脅せと?」


「いえ、もしかしたらしただけかもしれません。あの占い師は全部知ってるかもしれない。つまり、あなたが自分のために紫織の兄を殺したのも、と」


 強く息を吸う音が聞こえた。彼は指先を向けている。


「そう、私はそこまで知ってます。ただ、全部がつながってはいない。事実がてんでばらばらにあるだけです。それを繋ぎあわせるにはあなたの過去をきちんと知らなければならない。それはゆうくんを殺した奴を捕まえるためにも必要なんです」


「はあ?」


 くずれるように座り、嘉江はほうけた顔を向けてきた。


「あの子も殺されたというんですか?」


「そうですよ。あの子は柏木伊久男の部屋に出入りする犯人を見たんでしょう。それで殺されたんです。それだけじゃありません。去年の四月には平子というおばあさんも同じ奴に殺されてる。ほら、柏木さんがおそうしきをあげてやった方ですよ。あなたはもちろんご存じでしょう?」


「ええ、知ってます。あの方のことを柏木さんは気にかけていて、」


「それについても教えて頂きたいんです。しかし、その前にあなたの過去を見る必要がある。柏木伊久男がどういう人物だったか知らなきゃならないんです」


「そんなふうに言われても――」


 目はふたたび仏壇へ向かった。彼は身を乗り出している。


「何度も試すようなことをして申し訳ないですが、今のにだってヒントはふくまれてましたよ。あなたは平子さんの死を他殺と知ってたわけです。いえ、確信はなかったかもしれませんが、そう思うふしはあった。だから、おどろかなかったんです。悠太くんのときのようにはね」


「それは、」


「きっとあなたは柏木さんから聴いていたんだ。そうでしょう? その辺のことをとも知らなきゃならないんです。――奥さん、もう本当に終わりにしませんか? あなたも苦しんできたのでしょう。それはわかってるんです。ただ、このままにしてはいけない。これは柏木伊久男のためにもなるはずです。あなたを愛しつづけた男へのこうと思ってすべて教えて下さい」


 嘉江は顔をおおった。遠くからはたいの音が聞こえてくる。彼はまいを正し、胸に手をあてた。


「その写真を持って心を静めて下さい。頭も空っぽにして、すべて私にゆだねるんです。――大丈夫ですよ。今度こそ、あなたからも柏木伊久男のたましいからも悪霊を祓いきってみせますんで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る