第20章-3


 祭りの初日もオチョとクロはアパートの屋根にいた。二匹ならんでうつむいている。


「っていうかよ、どんだけここにいりゃいいんだろうな?」


「ま、ペロが見つかるまでだろうよ。だけど、毎日ここに来るつもりか? あの木を登るってなると三日に一度は死ぬぜ。それに、降りるのも大変だ」


「でも、ここが一番だろ? 俺はあの生ゴミんときも思ってたんだ。こっからだったら全部見えちゃうよなって。――ああ、ひるのおばはんが出てきたぜ。な? あんときだって、こうしときゃすぐわかったんだ。ま、そこまでするこたなかったからだまってたけどよ」


 んだ空には雲が流れてる。それを切るようにからすが飛び去っていった。遠くからは聞きれない音がしてる。


「おっ、はじまったみてえだな。ほら、聞こえっだろ? トントントンってのが。ありゃ、祭りの音だぜ」


「はっ! あんたはいつものんだね。うらやましいよ」


 下をのぞきこみ、クロはしっふるわせた。様々なものがさんらんしてる。落ちたらただじゃ済まないだろう。


「なあ、ペロが見つかったら、どっちかが知らせに行くんだよな?」


「まあ、そうなるな」


 オチョは目だけ向けてきた。瞳は細まってる。


「おい、なんだよ、その顔は。俺に行けって言う気か?」


はなばなしいかつやくしたいって言ってたろ。ペロの居所がわかりゃ、そういうのになるってもんだ。それに、俺は年寄りだからな」


 耳をらし、クロは逆側を向いた。――こういうときだけ年寄り振りやがって。そう思ってるところにグレーのスーツがあらわれた。


「ん? ありゃ、先生じゃねえか。あのもじゃもじゃはそうだろ」


「そのようだな。蛭子んとこに行くのか? どれ、ひとつ鳴いてみるか」


 笑いながら彼は手を振った。しかし、角を曲がったときには表情を整えてる。


「ああ、もう出てらしたんですか。すみませんね、突然おじゃしたいなどといって」


「いえ」


 ほうきにぎりしめ、ゆかりはほほこわらせた。目は彼の持つビニール袋へ向かってる。


「で、どうです? 上手くいきましたか?」


「どうでしょう。その、言われた通りにしてみたんですが反応が薄くって。それに、やっぱり寝たり起きたりしてますから」


「でも、ゆうくんがくなったときは一緒に出てましたよね?」


 長いあごを引き、ゆかりは見つめてきた。瞳にはにぶく光が入っている。


「あの子のことは申し訳ないというか、私たちにも出来ることがあったんじゃないかと思ってるんですよ。――その、お父さんが捕まったのさえ知ってれば、ここに来てもらうことも出来たし、そのことはこう、」


 腕に軽くれ、彼はうなずいてみせた。


「それについても教えて欲しいことがあるんです。あの日、おさんはどんな様子でしたか?」


「どんなというのは?」


「悠太くんが死んだのを聴いて、もちろんびっくりしてましたよね?」


「はい。それはもちろん」


 ゆかりは首をすくめてる。唇は震えていた。


「どうしました? なにか気になることがありますか?」


「いえ、気になるって程じゃないんですが訊かれて思い出したんです。かしわさんが亡くなったときはそれはもうおどろかれて、立ったまましばらく息をするのも忘れたようになってたんです。それが、」


「悠太くんのときはそこまでではなかったんですね?」


 彼は目だけ動かした。顎はかたくなっている。


「そう言われればそう思えるってだけですよ。でも、柏木さんのときと違ってたのは確かに思えます」


「そうでしたか」


 ひたいに指をえ、彼は深く息をいた。門はかたく閉ざされている。


「ゆかりさん、蓮實淳が来てると言ってきて下さい。今度こそ悪霊をはらいきってみせる、それをするまでは帰らないと言って、外にずっと立ってるってね」






 彼はくろいたべいの周りを歩きまわった。猫の首はそれにしたがって動いてる。


「どうしちまったんだ? なんで先生はうろちょろしてんだろうな」


「もしかしたらペロんこと探してんじゃねえか? ま、あんなとこにいるなら誰も苦労しねえけどな」


 ふいと顔をあげ、彼は笑った。それから大声でこう言ってきた。「オチョ、クロ、俺がこっからはなれたら人が出てくるはずだ。そいつを追うんだ。わかったな?」


 二匹は顔を見合わせてる。しっは弱くれていた。


「先生、そりゃ、どういうことだい?」


 訊いたけど、それは伝わらない。仕方なしに二匹は「ニャー」と鳴いてみせた。そのとき、ゆかりが出てきた。さっきの大声が聞こえたのだろう、げんそうに見つめてる。


「どうでしたか?」


「はじめは嫌だと言ってたんですが、――その、」


「悪霊と聴いて思い直しましたか?」


「ええ。ただ、かなりげんそうで、じゃあ、連れてきなさいと」


「では、まいりましょうか。ゆかりさん、そんなにおびえなくても大丈夫ですよ。これでこの家の問題はすべて消え去るはずです」


「はあ」


 しきいしみ、彼はこうに手をかけた。


「すみません、蓮實淳です」


 離れの中はせんこうにおいがただよっていた。声はしない。奥に目を向けると、丸窓からす光は床を輝かせていた。


「入りますよ」


 よしは顔をあげた。目はにらむように細められている。


「おげんが良くないと聞きましたが、」


「ええ、悪いですよ。いまも寝てたところです。――それで、お話というのは?」


「ゆかりさんから聞いてますでしょう? 今日こそ悪霊を完全にはらおうと思ってやって来たんです」


 胡座あぐらをかき、彼はじっと見つめた。ちゃづつを手に嘉江は横を向いている。


「また悪霊ですか。少し前からゆかりがさわぎだしましてね。あれもあなたに言われてなんでしょう。違いますか?」


「やっぱりわかってましたか」


「あの子はそれほど頭がいいわけじゃないですもの。そうとわかっていてわざとああさせたんでしょう? 私をり出そうとして」


「まあ、そうですね。しかし、釣り出そうとしたんじゃないですよ。お耳にその言葉を入れておきたかっただけです」


「どうしてです?」


「必要だからです。この周辺で起きてきたことを終わらすためにも、こちらのおたくへいおんをもたらすためにもね」


 溜息をらし、嘉江は弱くほほんだ。


「以前もそうおっしゃってましたね。まるで同じことのり返しのようです。私は腹を立て、らした。そこであなたが言ったんです。『悪霊を祓うためには必要だ』と」


「そうでしたね。しかし、あのときは失敗しました。いや、あなたに失敗させられたんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る