第20章-1



【 20 】




 店前の板には『奉納 一金 壱拾万円也 蓮實淳の占いの店』と書かれた紙がられてる。彼はそれを見上げていた。空は高くなったもののもやのような雲が全体をおおってる。


「なに見てんの?」


 顔を向けるとみせほねみ越しに千春が見えた。手にはいつものように袋を提(さ)げている。


「ん、これだよ。ほら、見てみ」


「あら、十万円? 一番多いじゃない。ずいぶんったものね」


「ああ。っていうか、みんなもっと出すもんだと思ってたんだ。まさかこうなるとは考えてなかった」


「でも、目立ってるからいいじゃない。せんでんにはなるでしょ」


「ま、そうだが、十万はデカい」


「ところで、カンナちゃんは? 中にいるの?」


 うなずきながら彼は辺りを見まわしてる。千春は唇をゆがめた。――ほんと、こういうの大好きなんだから。お祭りはまだだっていうのに、もう落ち着かなくなってるんでしょう。


「見てきたら? カンナちゃんには言っとくから」


「ほんとか? じゃあ、ちょっと行ってくるわ。あっちまでずらっとならんでんだぜ。もう見てるだけで楽しいよな」


 けていく背中を見つめ、千春はほほに手をあてた。ここしばらく考えていたことがあるのだ。それが上手くいくかシミュレーションしてる。――こうやって、こうするの。そしたら、向こうはこんな感じに言ってくるでしょ? うん、あの二人ならこの程度で大丈夫なはず。きっとそうよ。


「あっ、千春ちゃん。――って、あれ? あの人は?」


たいをつくってるとこ見てきたいんだって。ほんと子供ね。はい、これ。《関口フランスパン》のモンブランよ。むちゃくちゃ美味しいんだから」


 薄い黄色の袋を引き取るとカンナは奥へ向かった。けんにはしわが寄っている。――なんか変な顔してんなぁ。どうしちゃったんだろ?


「カンナちゃん、それ食べたことあったっけ?」


「え?」


「ほら、いま渡したのよ」


「ああ、」


 プラスチックケースにはつやつやのデニッシュパンとこんもり盛られた栗クリームが収まっている。見るからに美味しそうだ。


「なにこれ。初めて見た。モンブランっていってもパンなのね」


「そう。そのパンの部分が美味しいの。パリパリでサクサクで。でもって、そのクリームがまた最高なのよ。ちょっとしたケーキ屋さんより美味しいんだから」


 食欲の方へ引っ張られそうになったもののカンナは目を細めた。――うん、やっぱりおかしい。ほっぺたは平らだし、口も引きつったようになってる。


「なによ、どうしたの?」


 千春も目を細めていた。暗くてよく見えないのだ。


「え? ううん、どうもしないけど」


「そう。ならいいけど。――ま、あの人が戻ってきたら一緒に食べましょう。ほんと美味しくてびっくりするわよ」





 彼はじんけいだいに入りこんでいた。ああ、こりゃ広島風お好み焼きだな。で、こいつはあんずあめか。――は? ケバブ? 最近はすごいな。国際化社会ってやつか? だけど見た目はタコ焼き屋台と変わらない。これでそんなの出せるのか?


 そんなふうに考えながら彼は遠くを見つめた。テキ屋はもくもくと作業しつつ明らかに場違いなスーツの男をちらちら見てる。そこはめいのようになっていた。ほねみやらまくがごちゃっと置いてあり、歩くのもままならない。


「兄ちゃん、ちょいとごめんよ」


「あ? ああ、すみません」


「いや、別にいいけどよ、そこにコイツを置かなきゃならねえんだ」


 振り返るとせたじいさんがガスボンベをたたいてる。前歯が欠けてるからか声はすきから抜けていくようだった。


「そんなとこでなに見てんだい? ん、あれか?」


 あごを向けた先には警察の人間がいた。テントをせつえいしてるのだ。


「って、あんたもあの連中の、」


 そこまで言って、爺さんは首を振った。


「なわけねえか。どう見たとこでマトモじゃないもんな。あんな奴らの仲間じゃねえだろ」


「はは、わかるかい?」


「そりゃ、わかるよ。俺っちはこう見えてきなんだ。ま、そうでなくても、この仕事してりゃ、ポリ公かどうかってのはすぐわかるもんさ」


 ボンベの底を転がしながら爺さんは腰を押さえてる。彼はそれを持ち上げた。


「なんだい、手伝ってくれるのか?」


めてくれただろ? マトモじゃないって。そのお礼だよ」


「ああ、悪いね。いや、まごがもうすぐ戻ってくんだが、その前に出来るとこまでやっとこうと思ってよ。――うん、そこでいい。ありがとよ」


 彼は垂れ幕を張るのまで手伝った。仕事を転々としていたせいか、こういうのもお手の物なのだ。


「いやぁ、あんたどころあるな。初めてとは思えねえくらい手早いよ。助かったわ。――ああ、孫が来た。おい、しょう、こんお人が手伝ってくれたんだ。お前からも礼を言っとくれ」


「ん、」


 やって来たのは目つきのするどい青年だった。蓮實淳は軽くうなずいてみせた。


「ありがとうございます」


「いや、行きがかり上ってやつさ。おやっさん、祭りがはじまったら買いにくるわ。そんときは大盛りにしてくれよ」


「もちろんさ。あんただったらタダで五つ、六つあげるよ。待ってるぜ」


 彼はもう一度テントの方を見た。そうして、そこをはなれた。

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