第19章-6
「さて、」
振り返った顔には
「ようやく様々な
刑事は
「たしか、
「ああ、だが、平子の
「そうだろうが、ここは
しばらく
「ええとな、二十七のときにあの
踏切の音が聞こえた。
「それからいったん地元に戻ってんだ。ただ、あまり
「なるほど。十二年前ね」
溜息まじりに
「十二年前ってのに思いあたることがあるのか?」
「まあね。
「どういう意味だ?」
首を振り、彼は目をつむった。蛭子嘉江から受け取った映像を思い出そうとしてる。ただ、上手くいかなかった。
「それも後回しだ。つづけてくれ。その後も柏木伊久男は引っ越していったはずだ。あのアパートに落ち着くのは五年前なんだからな」
「その通りだよ。あの爺さんはなぜかまた引っ越してる。でも、どこにいたかわかってる。板橋だよ。六十過ぎて、そこの
目をあけると彼は鼻に指をあてた。唇は
「また幾つかのことが繋がったな。いや、ほんと初めからこうしときゃよかったんだ。山もっちゃん、俺たちはそうとう
手帳をしまい、刑事は
「じゃ、そっちの番だ。思わせぶりなのはやめてその示されてたってのを教えてくれ」
「いいだろう。後の方からはじめるぜ。柏木伊久男は鍍金工場で働いてたんだよな? 鍍金工場っていや、なにがある?」
「ん? ――ああ、そうか」
長く伸びた顔を見て、カンナは手を挙げた。
「え? なに? なにがあるの?」
「
「ってことは――、ん? どういうこと?」
「山もっちゃん、柏木伊久男が飲んだのは青酸だったのか? いや、その顔を見りゃ、そういうことだよな?」
「ああ、そうだ。けっこうな量だったようだ。ありゃ
唇はさらに捩れた。そのままの表情でデスクへ向かっていく。戻るときには小さな紙を持っていた。
「次は十二年前に一度ここに来たことだな。いいか? 山もっちゃん、あんたはこの写真を見せながらこう言った。『見ただけでわかる。こいつは好きな女を写したもんだ』って。それはその通りなんだろう。そして、あの男とってはそれが全てだったのかもしれないな」
テーブルに放られた写真は笑いあう三人のものだった。それを
「柏木伊久男は蛭子嘉江のことが好きだったんだろう。いや、深く愛してたんだ。もしかしたら、少々深すぎるくらいにね。しかし、結婚したのは
二人は顔をあげた。彼は真顔で見返している。
「どういうこと? あの爺さんは蛭子の奥さんのために人殺しをしたっていうの?」
「可能性はある。いや、ずっと『悪霊』って言葉がつきまとってたのを考えるとそうでなきゃおかしいくらいだ。それに、柏木伊久男の過去にそれは示されてる。二十七のときにあの爺さんはこの近くに越してきた。蛭子家と知りあいだった幼馴染みが世話してくれたってわけだ。三人の関係もそこから始まったんだろう。ただ、柏木伊久男は殺人でぶち込まれちまったんだ。その間に二人は結婚した。そんなとこにのこのこ顔を出せるか?」
「まあ、気持ちはわからないでもないけど」
「だろ? 柏木伊久男は長野かどっかで新しい生活を始めた。ずっと独り者だったかわからないが、後のことを考えればその可能性はある。そして、憎たらしい幼馴染みが亡くなったのを知って、ふたたびこの近くにあらわれたんだ。そこで平子の婆さんが抱えたトラブルにも関わってたはずだ」
「はあ?」
刑事は首を引いた。口は
「なんでそうなる?」
「さっきのオッサンはこう言ってたぜ。『誰かが間に立って話に行った』、『でも、聞く耳持たねえって感じだったんでビラを
「かもしれねえが、ちょいと
「違うね。俺はやっと柏木伊久男のことがわかりかけてきたんだ。まあ、間違ったことばかりしてた男に違いないが、その根っこは
彼は立てた指を目の前に持っていった。瞳には強い光が
「そのことをもっと知る必要があるな。しかし、ヒントはある。平子の婆さんが食ってかかってたっていう若い男だ。そいつが婆さんを殺した。――ん? 山もっちゃん、
「吉田和恵か? 住んでるとこはわかったがそれきりだ。っていうか、いつ行っても出てこねえし、しばらく前から仕事にも行ってねえみたいなんだよ。ま、こいつも
「それはもういい。でも、すぐ話を聴いた方がいいな。それに
下唇を
「さっきも言ったが、飛躍しすぎてるように思えるよ。話が出来過ぎなんだ。それに、さっきのおやっさんの話をそこまで信用していいかもわからねえ」
「話が出来過ぎってのはそうなんだろう。でもな、山もっちゃん、
ばら
「あった、これだ。『HM20Y』だな。まだ名前もわかってないが、『M』だからこれは男なわけだ。よく見てみろ、若い男にも見えるだろ?」
「こいつが平子の婆さんを殺したって言う気か?」
「かもしれない。それにな、思ったんだが、ここに写ってる小学校ではウサギが殺されてる。こいつはそれを示してるのかもしれない」
山本刑事は薄い毛を
「ああ、もうわけがわからねえな。頭がパンクしそうだよ。もしこいつがウサギを殺してたとして、それでどうなるってんだ? 柏木伊久男はそれをネタに脅してたっていうのか? でも、お前さんは違うようにも言ってたろ? どういうことなんだよ」
「繋げるんだよ。ひとつひとつの事実を繋ぎあわせるんだ。そうすりゃ、まとまっていく。それにな、思ったんだけど、この『HM20Y』と『HF80Y』――つまり、蛭子嘉江だけは他と違ってる。蛭子嘉江のリストには写真を示す番号がなかったし、これも他のと明らかに違ってる」
「違ってるってのは? ――ああ、ブレてねえってことか?」
「そうだ。この写真だけ他と違うだろ? まるで
「でも、脅迫のネタを撮るのにそんなの使わねえって言ったのはお前さんだぜ」
カンナは写真をじっと見つめてる。ぼんやりしてるけど濃いブルーのコートを着てるのはわかった。
「これを撮ったのが柏木伊久男だったら変だよな。でも、この男が撮ったとしたらどうだ? いや、これは思いつきみたいなもんだが、もしそうなら三脚を使うしかないってことになる」
「は? こいつは脅迫されてたんだぞ。自分でそのネタをつくったとでも言うのか?」
「そうかもしれない。でも、とにかく他とこの二つが違ってるのは確かだ。その違いがどこから来てるか探るんだ」
そう言いながら彼はカンナに目を向けた。表情にはやはり
「え? なに? どうかした?」
「いや、」
鼻先を
「まだ納得いかないか? いいだろう。じゃあ、最後にもう一つだ。柏木伊久男が殺した相手だけどな、古川って名前じゃないか? そうだろ?」
「なんでわかった?」
手帳を
「そうだ。古川祐次だ。どうしてそんなの知ってんだ?」
彼は無理につくったのがわかる笑顔を浮かべてる。そのまま
「何回言わせるんだ? 俺はなんでもお見通しなんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます