第19章-5
「ん? 取り込み中か」
蓮實淳は目を細めた。
「じゃ、また来るわ。兄ちゃん、それに、お姉ちゃんも悪かったな。出直すぜ」
ん? この話し方は、――そうか。彼は
「おい、なんだよ。どうしたんだ?」
「いや、帰らないで下さいよ。ご
ニヤッと笑い、男は
「ま、そうかもな。それにほんと久しぶりだもんな。――そのよ、あんときは悪かったな。俺もちょっと反省っていうかよ、言い過ぎたんじゃねえかって気にしてたんだ」
「そんなのいいんですよ。――カンナ、お茶をお出ししてくれ。この前は要らないと
「ん? そうかい。そうだな、じゃあ、いただいておくことにすっか」
「ああ、この男は
腰を浮かしかけたものの男は座り直した。彼は唇を
「そりゃ、ほんとに取り込み中じゃねえか。俺なんかがいていいのかい?」
「いや、その方がいいんですよ。ちょうどあなたに教えてもらったことを話してたとこなんでね」
カンナがお茶を持ってきた。男はきょとんとした表情をしてる。
「俺が教えたって、なんのことだい?」
「ほら、柏木さんが
「ああ、平子の婆さんのことか?」
「そうです。その方のことです」
男は
「うーん、警察の
「大丈夫ですよ。この男は信用していいし、
「それに、私たちは柏木さんを殺した奴を探してるんです。あなたの大切なお友達だった柏木さんのね。そのためにも平子さんのことを知る必要があるんですよ」
男はしばらく
「ん、そうだな。そういうことなら話してもいいけどよ、――その、なんだ、こりゃほんとに与太で、俺だって信じちゃいねえことなんだ。それに、お前さん方は平子の婆さんのことをどんだけ知ってる? それがわからねえと言うのも難しいんだ」
「ああ、そうですね。では、平子さんがどういう方だったかもお教えいただけますか?」
山本刑事は
「いや、どういう方って程のもんじゃねえんだよ。だけど、そうだな、俺がここに来た頃にゃ、まだ普通っていうか、あんなんじゃなかったんだ。それが、そう、十年くらい前だったかな、隣の家とトラブルになってよ、その後に今度は
「隣のお
「ん? ああ、そうらしいな。いや、あそこは有名な猫
男は口をすぼめた。彼は身を乗り出すようにしてる。
「その猫がどうしたんです?」
「いや、こんなお姉ちゃんのいるとこで申し訳ねえがよ、その猫がウンコすっだろ? ま、生きてんだ、ウンコはするよな。それを隣の庭でするってんで
「すみません。その隣に住んでた人の名前はわかりますか?」
顔をしかめて男はまた天井を見つめた。カップには手を出そうとしなかった。
「なんだっけな? 聞いたことはあるんだが忘れちまったよ。そこはもう引き払って、違う家が
「引き払った?」
「ああ、そうだよ。そこのカミさんが自殺してな、そのすぐ後にいなくなっちまったんだ」
「自殺ですか」
「そうなんだよ。そのカミさんはウンコを玄関に置いたり、
カンナは唇を
「でもよ、そんなの
「猫が次々と死んだのはいつのことなんです?」
「うーん、よくわからねえんだが、そのビラが出る前後くらいじゃねえかな。なんだかバタバタと死んでったらしい。平子の婆さんは『毒を盛られた』って言ってたようだぜ。それが何度もつづくんでおかしくなっちまったのさ」
「そして、その平子さんは
うなずきながらお茶を飲み、男は
「ん、そうだ。柏木さんはな、あの婆さんの
「ですよね。ほんとにそう思います。ところで、あなたが言ってた
ハゲ頭を
「ああ、与太か。だけど、こりゃほんとに与太でよ。警察の
彼は
「山もっちゃん、あんたもなんか言えよ。わかってるだろ? これはむちゃくちゃ重要な話だぞ。しかも、この方からしか聴けねえことなんだ。そうだろ?」
「わかってるよ。――あのな、おやっさん、俺は
「うーん、そうかい?」
口を
「そこまで言われたら仕方ねえな。じゃ、言うけど、旦那、気を悪くしねえでくれよ。平子の婆さんが死んだのはこの兄ちゃんが言ったようにひでえ雨の夜だった。そういうのもあって誰もそれを見ちゃいねえってことになってる。警察もすぐに事故だって言ったもんな。ま、イカレた婆さんが足を
そこで男は全員を見た。探るような目つきをしている。
「俺は信じちゃいねえよ。だから与太って言ってんだ。ただな、平子の婆さんが落ちて死んだとこを見てたのがいるっていうんだよ。そいつは若い男がそこにいたって言ってるらしい。それだけじゃねえんだ。同じ男に食ってかかってたって話もある。死ぬ二、三日前のことだってな」
彼はまた鼻を叩きだした。深く息を
「ま、年寄りってのは
指先を向け、彼は
「もしかしたらそうかもしれませんね。しかし、これについては誰にも言わない方がいいでしょう。いいですか? すくなくともあなたはこれを忘れた方がいい」
「は? おいおい、
「いや、これは
顔からは表情が抜け落ちていった。瞳だけがあちこちへ向かってる。
「ああ、わかったよ、そうする」
「ありがとうございます。ところで、今日はどういったご用でしたか?」
「ん、そうだったな。俺は用事があって来てたんだった。――あのな、
「そうだったんですね。この
「いや、」
手を振りながら男は薄くだけ笑った。
「こんなんが来たら
「そうでしたか。――カンナ?」
「あ、はい」
突然呼ばれてカンナは首を引いた。顔はすこし青ざめている。
「お渡ししてくれ。でも、幾らくらいがいいんですかね?」
「うーん、ま、
「じゃ、十万で。これはうちの前にある板に書かれるんですよね?」
「ん、そうだよ。って、そんなにいいのかい?」
彼は笑いながらうなずいた。それまでの
「もちろんですよ。
「ああ、わかった。ありがとよ」
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