第18章-4
同じ時間、彼はベッドで考えていた。雨は激しく、窓にさす街灯の明かりも
目を覚ましたのは六時頃だった。風は強いものの嘘のように晴れている。テレビは被害
店の電話が鳴った。
顔をしかめ、彼はゆっくり降りていった。――そういや、
「ああ、やっと出たな」
「なんだよ、こんな朝っぱらから。店にかけてきたのもあんたか?」
「ん、初めからこっちにしときゃよかったんだが、その、なんだ、ちょっと
「どうした。なにがあったんだ?」
「えらいことが起きた」
そう言ったきり刑事は
「なんだよ、早く言えって。なにがあった?」
「いいか? 落ち着いて聴いてくれ。今朝方、子供の
自然と息は止まった。朝日は床を
「どこにいる? あんたはどこにいるんだ?」
「
「母親はどこにいたんだ? それに、
「時間がないんだよ。長く話しちゃいられないんだ。後で行くよ。ところで具合はどうなんだ?」
「そんなの知ったこっちゃない。これから出向くよ。そんとき教えてくれ」
「言ったろ? 時間がないんだよ。俺にはまだ嫌な仕事が残ってるんだ」
そこで電話は切れた。
シャワーを浴び、
「どうしたの? また熱が出たりした?」
「いや、そっちは大丈夫だ」
「そっち? そっちじゃないのがあるってこと?」
「そうだ。悪いニュースがあるんだよ」
「悪いニュース? なによそれ」
息は
「非常に悪いニュースなんだ。今はまだ言えないくらい
「なにがあったのよ」
「来てから話す。その方がいいんだ。早く来てくれ」
カンナはパジャマ姿で座ってる。カーテンの
「電話じゃ言えないくらい悪い話ってこと?」
「ああ、そうだ」
「それで、私に来て欲しいのね?」
「ん、怖いんだよ。君がいないと気が
「私じゃないと駄目なの?」
「そうだ。カンナ、君じゃないと駄目なんだ」
声は
「わかった、すぐ行く。それまで
電話を切るとカンナは顔を洗い、手早く
「来たわ」
伸ばされた手を彼は
「これから行くとこがある。一緒に来てくれ」
「わかった」
そのまま二人は
「カンナ?」
「なに?」
「あの子供は死んだ。ペロ吉んとこの子だ。階段の下で見つかったらしい。原因はまだわからないそうだ」
「そう、――そうだったの」
「なんでこんなとこにいるんだ?」
「近所だからさ」
「山もっちゃんはどこにいる?」
「もちろん中にいるよ」
「呼んで来ちゃくれないだろうな」
「俺たちは
行きかけた肩をつかまれ、若造は
「やめろよ、俺たちは
「お前なんか行かなくても問題ねえよ。ああいうのはプロに
腕は払われた。それでも彼は顔を寄せている。
「行かなきゃならない。お前と遊んでる暇はないんだ」
「その前に一つだけ訊かせろ。あそこの母親はいなかったのか? それに
「それじゃ二つだ」
「なに?」
「質問が二つになってるって言ってんだよ」
「じゃあ、二つこたえろ」
立ち
「母親はいったん戻ったようだが、また出たらしい。どこに行ってたかは聴いてる最中だ。でも、
「児相の方は?」
弱々しく首を振り、若造はまた睨みつけてきた。
「それが変なんだ。連絡がうまく行ってなかったらしい。いや、北条が報告したのは確かだ。それは奴の上長にも確認した。でも、
「なんとかできるはずだったんだ。俺はそう考えてる。でも、この
「ああ、ちょっと待て」
「あ? まだなんかあるのか」
「もうひとつだけだ。あの部屋に猫はいなかったか?」
「猫?」
「そうだ。ハチワレの小さな猫だ」
「いや、いなかったな。俺は見てない。いればわかるはずだがな」
「そうか」
しばらく立ちどまり、若造は表情を整えた。それから、スーツの
「おい」
「ああもう! なんだよ!」
「教えてくれてありがとう」
「ふんっ!」
そう言って、若造は野次馬を
「ね、」
「ん?」
「大人になったらって言ってたけど、あの子はそうなれなかったのよ。逃げ出すこともできずに死んじゃったの」
「ああ」
「そんなことってある? あの子は言ってた。お腹が痛くなったとき、ペロ吉としゃべれるおじさんが助けてくれたって」
彼は
「なにができたかわからないけど、なにかはできたはずよ。でも、私たちはなにもできなかった」
「そうだな。なにもしてあげられなかった」
階段は朝日に照らされていた。
「あっ、」
「どうした?」
視線をたどると
「蛭子の奥さん方ね。――って、大奥さん、顔色すごく悪くない?」
「具合が悪いってのは嘘じゃなかったんだな」
ゆかりは二人がいることに気づいてるようだった。しかし、顔は向けてこない。
「行こう。山もっちゃんはまだ出られないんだろう」
「うん」
彼らはまだ手を
「どうした?」
「これ見て」
枝にはピンクの首輪がぶら下がっている。それを取り、カンナは
「切れちゃってる。どうして?」
「これは、」
彼は目を細めた。確かに千切れてる。強い力で引っ張られたようにだ。
「――ん、そうか。なんで気づかなかったんだろう。あの子は自分で落ちたんじゃない。
「どういうこと?」
「ペロ吉だよ」
「ペロ吉? ペロ吉がどうしたっていうの?」
「考えてみろ。自分で落ちたんなら、ペロ吉はずっと横についてるはずだ。鳴いて、助けを呼んだだろう。でも、そうじゃなかった。ペロ吉もいないんだ。ということは――」
瞳は大きく広がっていった。それを見て、彼は首を振った。
「いや、そうじゃない。無事なはずだ。それはこの切れた首輪が示してる。あの子は誰かに殺されたんだ。ペロ吉はそいつに
「それで、切れたってこと? でも、ペロ吉はどこにいるの?」
頭上にヘリコプターがあらわれた。バタバタと音がしてる。二人は顔をあげ、目を細めた。
「それはわからない。でも、もしかしたらうちに来てるかもな。そうだったらいいんだけど」
「そうね。戻ってみましょう」
二人は音大の方へ出た。ヘリコプターは低いところを飛んでいる。ゆるい坂の途中で彼はこう言ってきた。
「カンナ、
「ヌイモノ? ああ、お
「じゃ、そいつを縫い合わせてくれ。ペロ吉に返してやらなきゃならないからな」
口をかたく閉じ、カンナはうなずいた。そのとき、涙がこぼれ落ちた。
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