第18章-3
風はさらに強まった。雨も降り出したようだ。ただ、奥からは鼻歌が聞こえてる。――ふむ。
「うん、こんなもんでしょう。つくるのは初めてだから美味しいかわからないけど」
カンナはお
「
「大丈夫だ。ほんとたいしたことじゃないんだよ」
薄く顔をしかめ、彼は起き上がった。まだあの馬鹿っぽいトレーナーとジーンズのままだ。
「でも、しばらく様子をみてた方がいいわ。ってことで、明日は休みにしたの。予約があったけど、お客さんも連絡するつもりだったみたい。だって、こんな台風じゃね」
「ああ、ほんと
「さ、食べてみて」
「ん、どれ。――おっ、こりゃ美味いな。病気じゃなくても食べたいくらいだ」
「やだ、私と同じこと言ってる。でも、そうでしょ? 見た目はアレだけど美味しいのよ」
「うん。確かに見た目はアレだけどヤバいくらい美味いな。今度、俺もつくろう。お粥に卵入れて、
「これね、子供の頃につくってもらってたの。私って、こう見えて病気がちだったから、よく寝込んだのよ。そんときの定番メニューってわけ。うちの母親はまったく料理しない人だったけど、これだけは美味しかったな」
「ふうん。ま、そういうのってあるよな。俺の母親も
風は
「どうした?」
「え? ちょっと気になっちゃって。ほら、ペロ吉んとこの子。あの子はどうなったんだろうって」
「ああ。でも、
「そうだけど、父親が
「ま、そうだよな。でも、子供であるってのはそれだけで可哀想な部分があるんだよ。大人になれば変わるさ。逃げ出しゃいいだけのことだからな」
茶碗を置くと彼は腹を
「じゃ、薬飲んで寝ちゃいなさい。――あ、でも、その前に着替えた方がいいわね」
「そうだな。ま、シャワー浴びて着替えるよ」
「そんなの駄目だって。また熱出ちゃうかもよ」
「ほんとに大丈夫だよ。俺にはこいつもあるからな」
彼は『スーパー
「ん? 今度はどうしたんだ? ぼうっとこっち見てっけど」
「そうだった?」
カンナは視線を散らしてる。
「もしもし? どうかした?」
「どうかしたじゃないでしょ。家に帰ったら、もう
「ああ、ごめんなさい。あのね、それには理由があって――」
理由を言った瞬間に電話は切れた。なるほど、こういうことになるのか。カンナは
「どうしたんだよ。ほんと忙しい奴だな」
「どうしたかって? ま、きっとすぐにわかるわ」
そして、言った通りになった。十五分もしないうちに千春が
「大丈夫? 倒れたってどういうこと? なんか変なものとか食べたりした? あなたってすぐお腹こわすでしょ。前にもあったじゃない。ハマグリ食べすぎて倒れちゃったの」
「いや、そんなんじゃないって。っていうか、それはいつの話だよ」
「十年くらい前よ。ほら、千葉に行ったとき、焼きハマグリの食べ放題があって、あなたは馬鹿みたいに食べまくって、熱出しちゃって、ホテルでずっと寝てたでしょ。あれはほんと最悪だったわ。私ずっと
はいはい、仲のおよろしいことで。カンナは項垂れながら降りていった。ま、そりゃこうなるわ。そんなの知ってた。目は嫌でも
ただ、それで終わりではなかった。寝る
「でね、私は何度もその辺で終わりにしときなさいって言ったの。だけど、あの馬鹿は聞かないのよ。で、ラストオーダーになったら、ほんと頭がおかしいんじゃないかってくらいハマグリ持ってきたの。あれ、どれくらいあったんだろ? 十個以上はあったはずよ。それ全部焼いて――」
カンナはベッド
「ま、そんだけ食べたら当然だけど、ひどい
「え?」
「どうしたの? なんだかぼうっとしてるけど」
「ううん、なんでもない。――あっ、ほら、今日は休みだったのに呼び出されちゃったでしょ。それで疲れたのかも」
「ふうん。ま、そうもなるでしょうけど」
雨の音はつづいてる。しばらく間を置いてから千春はこう言ってきた。
「ね、カンナちゃん、北条さんとはなにか進展あったの?」
「進展?」
「だって、好きなんでしょ? あんないい人はいないって言ってたじゃない。顔も良けりゃ、性格も最高って」
「別に進展ってほどのことはないけど。だいいち会ってもないし」
「そうなの? でも、ほんとに好きなら早くなんとかした方がいいわ。あんだけいい男なんだから、他に取られちゃうわよ」
カンナは弱く息を
「私ね、ああいう人なら安心してカンナちゃんを
「なんでよ」
「だって、家出した娘が自分と同じ仕事の人と付き合うようになったなんて喜ぶはずじゃない」
だったら、やめとくわ。そう思いながらカンナは目を細めた。――だけど、北条さんか。確かに好きだけど、なんか違う気もする。どうしてだろう? 私じゃなきゃ駄目って感じがしないからかな?
「まあ、叔母さんのことは抜きにしても、ほんといい人だってのはその通りでしょ」
「うん、そうね」
雨音は
「カンナちゃん、寝たの?」
「ううん。でも、寝ちゃいそう。疲れてるのよ」
「そう。そうよね。さっき言ってたものね」
「千春ちゃん」
「なに?」
カンナは天井を見つめた。そうしてると不意に涙が出てきた。しかし、そのままにしておいた。
「ありがとう。そうね、早いとこなんとかするわ」
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