第17章-2


 ぎこちなく笑いながらカンナも紙を見た。前と違って、記号の下に名前がつけ足されている。こんな感じだ。


 HF80Y 0110U4500AD       蛭子嘉江

 IM30S 0222K8010AD 1824 泉川扇宗

 OM10Y 0401H3970GD 6775 大和田義雄

 KM05M 0709M7109VD 1523 小林衛

 HM20Y 0916J2193ND 2731

 SM10T 1013L3986EF 1217 鴫沼徹

 TM30W 1028R4753KE 3645 田沼渉

 YF03H 1215C9563TE 6874 山田久枝

 YF03K 0216D7590GE 4558

 HM03Y 0326F6752UE 8085 本間康明

 NF05H 0412S0875DE 5966


「で、その新たな発見ってのはどいつのことだ?」


「いや、その前に写真を見せてくれ。同姓同名ってこともある。ま、その方がいいけどな」


 ふうとうを受け取ると彼は『KM05M』とせんってある写真を広げた。薄暗い工事現場に男が二人いるもので、全部で九枚。キティもテーブルに飛び乗り、顔を近づけた。


「どうだ?」


「ああ、間違いないね。ペロ吉んとこの父親だ」


「どっちだ?」


「左だよ。でも、ちょっとだけ安心したね。アレが写ってるのかと思ったからさ」


「そうだな」


 最後のは声に出して言ったものだ。カンナと刑事は同時に首を引いた。


「そうだな、ってのは?」


「ああ、いや、今のは独り言だ。でも、カンナ?」


「なに?」


「この左の男、こいつはペロ吉んとこの父親だ」


「え? そうなの? あの子のお父さんもきょうはくされてたってわけ?」


「そうなるな。でも、ぎゃくたいの現場じゃなくてよかったよ」


 刑事は目だけ動かしてる。不満げな表情だ。


「あのな、そっちだけで話を進めないでくれよ。その虐待ってのはなんなんだ? それに、ペロ吉ってのは誰だ?」


「山もっちゃんは聴いてないのか? この男の子供のこと」


「子供? それがペロ吉なのか? ――いや、そんな名前の子はいないだろ」


 指を立て、蓮實淳はいきさつを話した。そのあいだカンナは他の写真をながめてる。刑事は腕を組み、息をき散らした。


「なるほど、そうか。北条に相談したってのはそれなのか?」


「そうだ。だから、リストに名前があっておどろいたんだよ。しかし、こりゃなにしてるとこだ?」


「この写真がつづきっぽいわよ。これって、右側の人でしょ?」


 カンナは写真をまみ上げている。『TM30W』の付箋が貼ってあるもので、ニットぼうぶかかぶった男がいわゆるスクラップ屋に入るところだった。


「よくわかったな。そうだ、こいつは田沼渉。工事現場からどうせんなんかをくすねちゃ金にえてるコソどろだよ」


「つまり、小林衛はその手引きをしてたってことか?」


「ああ、らしいな。でも、最近はやめてたようだ。それでこの二人はめてる。それに、お互いに脅迫されてたろ? それも相手がチクったんじゃねえかって思ったようでな、田沼は嫌がらせをしてるらしい」


「嫌がらせ? それはどういうのだ?」


「こいつはケツの穴の小せえ奴でな、ま、コソ泥なんてのはたいがいそうだが、車に傷つけたり、ゴミを放ったりしてるようなんだ。これは谷村が張っててわかったんだぜ。あいつは優秀な刑事なんだ」


 鼻を鳴らして彼は他の写真を取った。唇はゆがんでる。


「だけど、これのどこがなんぶつなんだ? いや、その前にどうやって見つけた? やっぱりこの記号が写真のありだったったのか?」


「ああ、それを言ってなかったな。このアルファベットと数字はメモリーカードと中のフォルダを示してた。そいつを逆に書いたんだな。ま、なんでそんなことしたのかわからねえが、そうだったんだよ」


 刑事はバラバラになった写真をまとめてる。そういうのが気になって仕方ないのだ。


「つまり、パソコンじゃなく別の場所にあったわけだ。この『D』だの『F』ってのがメモリーカードの番号ってことか?」


「そういうこった。メモリーカードもうんざりするほどあるんだが、マジックで記号が書いてあった。いや、一個ずつあたってたら大変なことになっただろうさ。このリストのおかげで楽できたってわけだ」


 ソファにうずまると彼は鼻に指をあてた。脚はだらしなく伸ばしてる。


「ふむ。じゃあ、この四けた数字は写真のナンバーってことか。小林衛のは全部で九枚。数字は『1523』だ。十五枚目から二十三枚目までで九枚だもんな。数が合ってる」


「その通りだよ。それぞれのフォルダにも関係ねえ写真がうんざりするほどあった。そっから見つけられたのも、これまたリストのおかげだ」


 とっぷうが吹き抜け、ガラス戸は激しくきしんだ。刑事は振り返り、目を細めてる。


「つまりはヒントを残してたってことだよな?」


「は?」


ぼうで書いたにしちゃ、このリストは変じゃないか? それに、今の話もみょうに思える。うんざりするほどある中から俺たちは目当てのものを比較的簡単に見つけられた。逆に考えると、かしわはまるで見つけてもらいたくてこいつを用意してたみたいじゃないか」


 カンナはまぶたを瞬かせてる。山本刑事も似たような表情を浮かべていた。


「わかりづらかったか? あのな、これはかんみたいなものだけど、俺はこう思うんだ。自分でわかってりゃいいものをアルファベットにしたり、そこに『M』だの『F』だのつけ足したりする必要があるか? それも備忘のためだってのか? 俺にはそう思えない。なにかが変なんだよ」


「いや、わけがわからねえ。つまるとこ、お前さんはなにが言いたいんだ?」


「わからないよ。言ったろ? これは勘だって。でもな、山もっちゃん、俺はこれまで沢山の人を占ってきた。その経験からすると妙に思えるんだ。なんだよ。一人の人間がしてることに思えない。かくしたいのか、バラしたいのかもわからないだろ? それに、だいいちこれだけの人間の秘密をどうやって知ったんだ? それもおかしいと思わないか?」


 リストをたたきながら彼は目を向けた。キティは「確かにそうだね」とつぶやいたけど、他の二人は納得できないようだった。


「うーん、ほんとわからねえな。俺はお前さんに言われてこういうのを見つけた。で、ここまで話が進んだんだぜ。それをここにきてそんなふうに言われてもな」


 彼はひたいに指をえた。表情はとぼしくなっている。


「ま、いったんきゅうけいにしよう。濃いコーヒーをれるよ。頭が固まったときにはそれに限る」

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