第15章-2


 てきとうにつくったコーヒーを出すと、ヤクザにしか見えない男は煙草たばこを取りだした。


「あの、悪いけど、ここきんえんなの」


「ああ、そうなのか。そいつは悪かったな」


「いいえ」


 そうとだけ言って、カンナは目を細めた。の向けてくる視線が気に入らないのだ。――ほんといやらしそうに見てくるな。それだけでいらいらしちゃう。


「で、なんの用だ? 俺はになったはずだぜ」


「ま、そうだな。でも、こっちはまだお前さんをうたがってるんだ」


「アリバイがあるってのにか?」


「そうだよ。というか、俺はそれも疑ってるんだ。あのばあさんは嘘をついてるのかもしれない。まあ、お前さんがくちうらを合わせるのは無理だが、」


 山本刑事はそこでカンナを見た。


「身内が頼んだとも考えられる。たとえば、せっけんに来た者とかがな」


 鼻で笑うようにして、カンナはそっぽを向いた。彼の方は身を乗り出してる。


「おい、わかぞう、今日はおとなしいな。台詞せりふをもらえなかったのか?」


「ふんっ、俺は谷村っていうんだ。若造なんかじゃない」


「ああ、そうだったな。でも、下は若造っていうんだろ? 谷村若造。いい名前だ。親に感謝しろよ」


 カンナは「くっくっくっ」と笑った。それが気にさわったのだろう、若いのは顔を赤くして立ち上がった。


「お前みたいな奴に馬鹿にされる覚えはない。はっ! インチキ占い師のクセしやがって。いいか? 今度のことじゃしゃくほうになったけど、絶対に挙げてやるぞ。殺人が駄目でもで捕まえてやる!」


 山本刑事は腕を引っ張ってる。「いいから座れよ」と言いたいのだろう。


「山本さん、馬鹿にされて腹立たないんすか? この男は普段から詐欺まがいのことしてるかもって言ってたじゃないですか。もう一度引っ張って、しぼり上げましょう。絶対になにか出てきますって」


 蓮實淳はくちぶえを吹くをしてる。話題をらすのにも成功したし、なによりムキになる人間をチクチクげきするのがたまらなく好きなのだ。ただ、こういった作戦はとり調しらべしつでのみ成功するものだったのかもしれない。実際にもちょうはつは回り回って身内を刺激したようだった。


「ちょっと! どういうつもり? インチキだの、詐欺だのって! いい? この人は本物なの! なんでもお見通しの先生なの!」


「なんでもお見通し? 馬鹿言うなよ。だいたいな、占いなんてのは全部インチキなんだよ。適当になにか言ってりゃ、一つくらい当たってる。そういうもんだろ?」


「はあ? なによ、そのオッサンみたいなへんけんは!」


「偏見なんかじゃない。いいか? 君もだまされてるかもしれないんだぞ。この男はむちゃくちゃたちの悪い詐欺師なんだ」


「いいわ! そこまで言うなら占ってもらいなさいよ! あなたがみずむしでもでもなんでもわかっちゃうんだからね!」


 彼はてんじょうあおいでる。それじゃずかしい病気専門みたいになるだろ? それに、またこのパターンなのか?


「ほら、どうするの? あんだけ言ったのに怖くなっちゃったの?」


 しょうがねえなといった感じに立ち、山本刑事はあいぼうの頭をつかんだ。


「いや、ほんと済みません。うちの若いのが失礼なこと言って。――谷村、お前もびるんだ。だいいち俺たちは下らない言い合いをするために来たんじゃねえだろ? ほら、『申し訳ございませんでした』って言うんだ」


「駄目よ!」


 カンナはこうぜんと言い放った。髪はさかつようになっている。


「今さらあやまったってゆるしてあげない。ほら、占ってもらって。うちはそういうシステムにしたの。マスコミもそうなら、警察だってそうよ。なにか訊きたいことがあるなら占ってもらってからにして!」


 助けを求めたのだろう、若いのは目を向けてきた。ただ、当然のことに助けてもらえるはずもなかった。


「ほら、どうするの? この若造くんが怖いってなら、あなただっていいのよ」


「え? 俺か?」


 山本刑事は大きく口をあけた。その顔をにらみつけるとカンナはソファに座り、またそっぽを向いた。





「じゃ、やるか。山もっちゃん、肩の力を抜け。――そうだ、いいぞ。心を開けっぴろげにするんだ。俺が嫌いでも、この瞬間だけは信じようとしろ」


 山本刑事はぜんとしてる。若いのは小さくなっていた。


「そのまま頭も空っぽにするんだ。で、俺をじっと見ろ」


 目は大きく広がっていった。それまでしていたのとは明らかに違う表情だ。カンナはまじまじと見てる。――苦しそう。人の過去を見るのってキツいんだろうな。それをこの人はいつもしてるんだ。


「ふむ、なるほど。うん、そうか。――まず、あんたはバツイチだ。十年くらい前に離婚してる。奥さんは高校の同級生で、つきあいも長かった。しかし、よくあることだがあんたはいそがしすぎたんだな。一緒に暮らしてるとはいえないような生活。それが原因で別れた。意外なことに奥さんはれいな人だったみたいだな」


 山本刑事は鼻を鳴らした。顔つきは変わっていない。


「それと、あんたはラグビーをしてたね。ま、そのつぶれた耳を見りゃ、ラグビーかじゅうどうをしてたのはわかる。でも、それで言ってるんじゃない。俺は見たんだ。あんたは確かにラグビーをしてた。大学のときには鼻を折られてる。スパイクが当たって折れたんだ。それでも、あんたは走ったね。血をらしながらトライしてる。たいしたもんだ。ただ、子供の頃は甘ったれだったみたいだな。一人っ子で、かわいがられて育った。両親ともにおんな人で、しかられたことすらなかったくらいだ。まあ、あんたの方もいい子だったってことだろう。ぶんりょうどうってわけだ。そんなあんたは両親のまんだった。しかし、母親は中学のときにくなってる。事故だね」


 深く息をき、刑事はソファに沈みこんだ。彼は目を細めてる。


ひどい事故だった。飲酒だね。三台が巻き込まれ、あんたの母親はその真ん中だった。雨の降る夜のことだ。そのしらせがあったとき、あんたは家にいた。父親からの電話で知って、外に飛び出た。かさも持たずにけだし、ずぶれになってる。それで警察にされたんだ。いいか? 山もっちゃん、俺はなにを考えてたかまではわからないんだ。だけど、こう思う。あんたが刑事になったのは、その事故があったからだ。理由は二つある。言わないがね」


 刑事は目を閉じている。ほほは引きつっていた。


「悪いな。なにも悲しませようってわけじゃないんだ。ただな、こうも思うんだ。あんたは重荷を背負ってる。持ちきれないほどの重荷をね。なんだな。こうと信じたら鼻の骨を折られても走り抜くタイプなんだよ。それでいろいろとそんをしてるようだ。もっと肩の力を抜いた方がいい」


けいなお世話だよ」


 かすれた声は部屋にひびいた。それをあいとしたかのように彼は指先を向けた。


「余計なお世話ついでに言っておく。暗い話だけってんじゃ、つまらないからな。あんたは毛が薄くなってるのを気にしてるね。それで、最近毛生え薬を買った。シャンプーもいろいろ試してるようだな。スカルプケアってわけさ。それに、ワカメだのヒジキだのも食べるようにしてる」


 身体を起き直らせると刑事は横を向いた。若造の頬も引きつってる。しかし、その理由は違っていたようだ。


「谷村、お前、笑おうとしたか?」


「いえ、まさか」


「山もっちゃん、そんなに強く出ない方がいいぜ。まだあるんだ。あんたは子供の頃のくせが抜けてないな。まあ、ある意味じゃ仕方ない部分もありはするが、あんたにはいっぷう変わった親友がいて、今でもその日にあったことを聴かせてる。相手がどうこたえてるかわからないが毎晩やってるようだな。そいつは毛むくじゃらの茶色い――」


 勢いよく手を伸ばし、山本刑事はテーブルにした。ろたえてるのは明らかだ。


「わかった。よくわかった。お前さんは本物だ。しょうしんしょうめい、なんでもお見通しの占い師だ。ほんと悪かった。俺たちが全面的に悪かった。この通りだ」


 ひたいこすりつけるようにしてるのを見て、彼は唇をゆがめた。


「俺にも会わせてくれよ。どんな声でしゃべるのか聴いてみたい」


「わかったって。もうそれ以上は言うな。頼む」


 顔をあげた刑事はカンナの視線をたどった。若造はくずれている。


「テメエ、コノヤロー! なにそんなつらしてんだ!」

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