第15章-4


 カンナが帰った後にキティとゴンザレスがやってきた。あの日に周辺人物がなにをしてたか伝えに来たのだ。大和田義雄は会社にいて、紀子は出かけていた。しぎぬまとおるは車で家を出て、雨がやんでから店に入ったそうだ。


ひるの奥さんは?」


「ああ、あのばあさんかい? ゴンザレス、どうなんだい?」


「出かけてたみたいだよ。五時前に家を出て、半過ぎには戻ったみたいだ。小さいベンがつけてたんだけど明治通りに出てから見失ったみたいでさ。ほら、あそこは人が多いだろ? ベンじゃ無理だったんだね。で、しょうがないから家の前で待ってたんだってさ」


「ふむ」


 ひたいに指をえ、彼はだまった。けっきょくわからずじまいってことか。


「あの婆さんもあやしいってのかい?」


 横になったままキティはしっらしてる。ゴンザレスはまえあしそろえていた。


「そうとも思える。それに『悪霊』という言葉でかしわつながってるのも気になるしな」


「あんたは過去を見たんだろ? そんときに、その『悪霊』ってのはわかったんじゃないのかい?」


「わかったとも言えるし、そうじゃないとも言える。ちゃんと見えなかったんだよ。きっとかくしてることがあるんだ。『悪霊』ってのも半分以下の理解でしかないしね」


「っていうのは?」


「うん。あのときはみょうな偶然から解決できたけど、まだ他に意味があるはずなんだ。柏木伊久男が『あくりょう』と名乗ってたのを考えるとそうなる。じゃなきゃ、また偶然が増えることになっちまう。それはさすがにおかしいもんな」


「ま、そうかもね。だけど、『悪霊』ってのは自殺した生徒が残した言葉なんだろ? それとあのじいさんがどう繋がるっていうんだい?」


 固まった顔を見て、キティは「ナア」と鳴いた。彼はこめかみをんでいる。


「わからないな。そもそも関係ないかもしれないんだ。――いや、だけど、だったらなんで嘘をついてまで俺を助けたんだ? なにかはあるんだよ。でも、」


「でも、考えたくないってんだろ? そういう顔してるよ。いいかい? あんたはうたがいたくないって思い過ぎてるんだよ。だから、見えにくくなってるんだ。いや、見たくないもんは見ないようにしてんだよ。だけどね、本当のことを知りたかったら全部見るしかない。違うかい?」


 キティは足許へ行き、首を反らした。ヒゲはぴんと張っている。


「まだ全体が見えてないんだよ。アタシたちには知らないことが多いんだ。まずはきちっと知ることからはじめないとね」


「でも、どうしたらいいんだ?」


「オマワリがたずねてきたんだろ? そいつに訊きゃいいじゃないか。あの爺さんは他にもきょうはくしてたかもしれない。その中に犯人がいるってこともある。そうだろ?」


 彼は髪をきむしった。しかし、手を伸ばすとキティの額にあてた。


「そうだな。その通りだ。まずは全体を見なきゃならないな」





 朝が来ると彼は濃いコーヒーをつくり、パジャマのまま電話をかけた。


「刑事の山本さんを出して欲しいんですけど」


「山本ですか? どの山本です?」


「どの山本って、だから、刑事の山本さんだよ」


そう何課の山本ですか? うちのしょには五人の山本がいるんですが」


 取り次ぎの声は機械的に聞こえてくる。彼は受話器をにらみつけた。――ソウサナンカってなんだよ、意味がわからねえな。それに、このけんどんな物言いはなんなんだ?


「あのな、ちょっと、こう、毛が薄いっていうか、ありゃ、もともと髪が細いんだろうな、そのせいではだが見えてる、びした顔の、耳と鼻がつぶれてる、でっかいオッサンだよ。たいがいしわくちゃな白シャツを着てる男だ。で、山本って名前なんだ。わかる?」


「いえ、そう言われても」


 溜息をつき、彼はてんじょうを見上げた。っていうか、お前の周りにはそんな山本が何人いるんだ?


「えっとな、ぞうで柏木ってじいさんが殺されただろ? それを調べてる山本って刑事を出してくれ。まさか、その中に三人の山本はいないだろ?」


「ああ――、では、呼び出します。そのままお待ちください」


 オルゴールのような音が流れると彼は取り次ぎの顔を想像してみた。きっと銀色のはだで、所々リベットが打ち込まれてるんだろう。ほんと必要以上に事務的で、人間味が感じられない。


「はい、山本です」


「ああ、山もっちゃんか?」


「やっぱりお前さんか。あのな、毛が薄いだの、間延びした顔だの言うなよ。出た奴が笑ってたぞ」


「ふうん。俺と話してるときはまるで機械みたいだったけどな。次からは外部の者にも明るい声でおうたいするよう指導しとけよ。警察だってサービス業みたいなもんだろ?」


「いちいちうるさい奴だな。で、なんの用だ?」


「ちょっと訊きたいことがあってね。それに、話したいこともある。ごうがあえば、午後にでもこっちに来てくれないか?」


「なんの話だよ。しゅしたいなら、そっちが出向いてくりゃいい」


「そう言うなよ。俺はけんしたいわけじゃない。できれば友達になりたいんだ。――ま、毛むくじゃらの親友と張り合うつもりはないけどね」


 唇をゆがめながら彼は待った。浅い息だけが聞こえてくる。


「わかった。昼過ぎには行けるだろ。それでいいか?」


「ああ、悪いね。じゃ、待ってるぜ、山もっちゃん」

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