第13章-6


 エビ茶は歩き出した。くつがかつかつと鳴っている。


「いやぁ、今日はよくしゃべるな。それも、これまでみたいにぐちじゃない。事件のかくしんせまる話ってわけだ。――ま、お前さんの言ってるのもわからなくはない。ただな、そんなのはどうだっていいんだよ。被害者におかしな部分があったってどうとも思わないんだ。俺たちの関心は犯人に向かってる。つまりは、お前さんにな」


「だったら、こうは考えないのか? 俺は警官の立ち会いのもとで謝罪に行くはずだったんだ。六時にだ。それなのに、その直前に殺したことになってる。おかしくないか? 警官が来るのがわかってるのに殺すか? それとも、それくらい馬鹿だと思ってるってことか?」


「いや、馬鹿とは思ってないよ。しんそこ気に入らねえ野郎だとは思ってるけどな」


 向けられた顔はニヤついたものだった。彼は目を細めた。若いのはどうだにしない。


「それについちゃ、こう考えることもできる。被害者が謝罪を求めたのは俺たちにお前さんの悪事を伝えるためだった。まあ、本当のことはわからないが、すくなくともお前さんはそう考えた。だから、その前に殺した。どうだ? これなら、さっき変だって言ってたのも丸く収まるだろ?」


「あくまでも俺を犯人にしたいってことか」


「ま、そうなるな。前にも言ったが、被害者はうらみをかうような人間じゃなかった。ただ一人の例外をのぞいてな。――いや、もう一人いるか。昨日は久しぶりに会えてうれししかったんだろ?」


 彼は立ち上がろうとした。しかし、若いのに押さえつけられ、腰をおろした。


「まさか、カンナのことじゃないよな?」


「毒殺なら女にだって出来る。この件もそうだったのかもしれない」


「はっ! まったくあんたたちはらしいよ。まるで二時間ドラマに出てくる三枚目の刑事みたいだ。おどしつけて嘘のきょうを取ろうとするんだからな。――おい、わかぞう、手をはなせよ。汚い手でさわるな」


 身体をすり、彼は顔を向けた。口許はゆがみまくってる。


「ん? どうした? お前もそろそろなにか言った方がいいんじゃないか? ああ、『しょうもあるんですよ』ってのはどうだ? それこそ二時間ドラマによくあるだろ? ほら、若造、『あなたが犯人だという証拠があるんです』とか言ってみろよ。それで、そいつを見せてくれ。そしたら、なんでも言ってやる」


「コイツ――」


 つぶやくように言って、若いのは胸ぐらをつかんできた。


「どこまでも馬鹿にしやがって。山本さん、ほんとに痛めつけてやりましょう。俺はもうまんできないっす」


台詞せりふが違うよ。それはまた違うドラマのだ。それにな、ほんとになぐってみろ、年金もらえなくなるぞ。それでいいのか?」


「そうだ、谷村。やめとけ。手を離すんだ。――でもな、お前さんがそんな調子だと、いつかはコイツもおさえがかなくなる。俺だって抑えられなくなっちまうよ。だから、な、いちまえよ。証拠なんて探そうと思えば幾らだって出てくるんだ。早いとこ吐いちまえば痛い目にあうこもない。そうだろ?」


 めんどうそうに座るとエビ茶は腕を組んだ。視線は時計へ向かってる。


「ちょっとばかりお前さんのペースに巻き込まれたようだな。もったいないことしたよ。いいか? これから訊くことには素直にこたえてくれ。あの日、お前さんは何時に出た?」


「それだって何度も言ってるぜ」


「いいから、こたえてくれ。何時に出たんだ?」


「五時半くらいだったな。そのほんの少し前だ」


「そのまま被害者たくへ向かったのか? そこが抜けてるんだよ。ま、お前さんが教えてくれなかったってことだがな」


もくげきしゃでも見つかったのか?」


 目だけが上がった。そのまま、じっと見つめている。


「無駄口は叩くな。時間がもったいない。こたえてくれ」


「いや、そのまま向かったんじゃないよ。ちょっと寄るとこもあったし、六時の約束にはまだゆうがあったからな」


「どこに寄った?」


「どこに?」


「ああ、どこに寄ったんだ?」


 彼は鼻に指をあてた。やっぱり変だ。このオッサンはみょうあせってる。どういうことだ?


「こたえろよ。どこに寄った?」


 テーブルをつかみ、エビ茶は顔を近づけてきた。息が吹きかかるほどのきょだ。


「言ってくれないか。じゃあ、訊き方を変える。その時間に誰かと会ってたか?」


 ん? 蓮實淳は目をつむった。――ああ、そういうことか。カンナの質問だ。それに「『悪霊』のおばあちゃん」って言ってたのもこれを示してたんだな。


「なるほどね、わかったよ。その時間に俺と会ってたって奴が出てきたんだな?」


「さてな。ほら、こたえろ。どうなんだ?」


「ああ、会ってたよ」


 彼は指を向けた。これといった表情は浮かべていない。


「誰と会ってた?」


ひるよしという人だ。俺はそこの離れでようかんを食った」


「ふむ。そうか。――谷村?」


 てんじょうを見上げ、エビ茶は腕をらした。あごかたくなっている。


「あ、はい」


「だとよ。そう言ってきてくれ」


 若いのは頭を振りながら出ていった。その後はちんもくがつづいた。――これでよかったはずだよな? そう思ってると、ぼそぼそした声が聞こえてきた。


「俺はな、お前さんが犯人でありゃいいって思ってるんだ。これまでいろんな奴を相手にしてきたが、お前さんはその誰よりたちが悪い。ま、簡単に言うと、お前さんが嫌いなんだよ」


「ああ、そうかい。でも、そのうち好きになれるかもしれない。俺はつきあいはじめると味わい深くなっていくタイプなんだ」


 首を戻し、エビ茶はにらむように見てきた。


「はっ! そんなことにはならねえよ。なるわけがない。――ま、いったんは出てってもらうことになる。蛭子嘉江ってお方がな、その時間にお前さんと会ってたそうだ。羊羹まで出したか知らねえが、離れですこし話したと言ってきたんだよ。そうなるともう駄目だ。時間的に合わねえんだよ」


「そりゃ、残念だったな」


「ああ、ほんと残念だ。でも、これからもたびたび会うことになるぜ。お前さんが殺した。俺はそう信じてる」


「さっきはこれ以上会いたくないって言ってたぜ」


「それでもだ。仕事に個人的な感情を持ち込んじゃいけねえからな」


 ドアが開き、若いのが顔を出した。蓮實淳はゆっくり立ち上がった。エビ茶はあごいている


「蛭子嘉江ってのは被害者宅のおおだよな?」


「どうもそうらしいね」


「それに、あの一帯のぬしだし、昔っから警察のじょうそうとおつきあいがあるようだ。ふんっ、だからなんだって話だけどな。――いいか? こっからは独り言だぞ。俺には納得出来ないことがあるんだ。じん近くの公園でお前さんを見た者がいる。時間は十七時半過ぎだった。それから、マンションのベランダで洗濯物を込もうとしてたのが、やはりお前さんを見てた。十七時四十分くらいだったとのことだ。でもな、誰もその婆さんを見ていない。お前さんがその家に行ったのを見てた者もいないんだよ。ま、雨が降りだしそうだったのもあるかもしれない。しかし、妙だ。ただ、上の人間はその婆さんのしょうげんなら間違いないと言ってる。俺が納得してるかなんて関係無いそうだ」


 蓮實淳はドアの前まで行った。出ようとしてるところにこう声がした。


「どうもいい知りあいがいるみたいだな、お前さんは」


 身体はこわった。しかし、深く息をき、立ち去った。

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