第12章-2
冷静に考えることができたなら違った行動をとったかもしれないけど、彼はそういったものからかけ
「えっと、すみません。
そう言ってみたものの返事はない。ペロ吉は首を下げている。
「先生、しゃがんでみて。テーブルの向こうに倒れてるの」
言われたとおりにすると身体の一部が見えた。向かって左に頭があり、そこから直線に伸びている。
「柏木さんですよね? 大丈夫ですか? ほんとすみません、入っちゃいますよ」
彼は
「マジか――」
声は自動的に
「駄目だ、ペロ吉。毒があるかもしれない。そこにいるんだ」
「毒?」
「そうだ。身体に付いたら大変だからな、入ってきちゃ駄目だぞ」
「じゃあ、」
「ああ、きっと死んでるんだろう」
しゃがみ込み、彼は鼻先に手を
「ほんとに死んでるの?」
「そのようだな」
そう言った瞬間に恐怖が
逃げるか。そう思いつつ彼はもう一度柏木伊久男を見た。
「おっ、猫がいるぞ」
「ドアも開いてますね」
「そのようだな。あの部屋だったよな?」
「はい。でも、どうしたんでしょう? 相手の方が先に行ってるんですかね?」
こりゃ本格的にヤバくないか? 彼は立ち上がった。手は
「ああ、かわいそうに。この猫、ずぶ
「ほんとですね。だけど、どうしてここにいるんでしょう? 猫なんか
近くまで来たのだろう、足音がはっきり聞こえた。
「柏木さん? どうかしましたか?」
どうもこうもないよ。そう思っていると、「ん?」と声がした。あの若い警官だ。
「あれ? 蓮實さん、どうされたんですか? 柏木さんはどこです?」
深く息を
「ここにいる。ここで死んでる」
それからのことは彼自身もよく憶えていなかった。「ここで死んでる」と言った直後にポケットに手を
外に出された彼は続々とやって来る警官にじろじろ見られることになった。雨が通り過ぎると
鼻に指をあて、蓮實淳は考えた。頭の中はぐちゃっとしていたものの、考えなければならないのも確かだ。――あの
「あの、ちょっといいかしら。あなた、
「ええ、まあ、そうですけど」
「ふうん、そうなのぉ。それはちょっと困ったことよねぇ。トラブルがあった二人が会ってて、片っぽが亡くなっちゃうってのは困りものよ」
「はあ」
っていうか、もうちょっとマトモな奴はいないのか? 周囲を見まわすと男も身体ごと動かしてくる。彼は顔をしかめた。――ああ、ほんとムカつく。だいいち、なんでオネエ言葉なんだよ。たぶんそういった
「まあ、どういうことがあったかは、あなたの方がよくわかってるでしょう? それを聴かせてもらえる?」
彼はあったことを話した。警官に言われて
「なるほどぉ。ま、
「それは――」
すこし言い
「聴いた話じゃ、
「その通りですよ。ちょっとした行き違いがありまして、それでトラブルになったんです」
「だけど、変よねぇ。勘違いだったら、なんの謝罪なわけ? ああ、怖い思いをさせて済みませんとか? ま、そういうのもわからなくはないけど、あなたは納得してなかったんじゃないの?」
ドアの前に立ち、男は腕を組んだ。目は細められている。
「それに、さっきの話。筋は通ってるんだけど、そこにも変なとこがあるわ。あなた、なにか隠してることがあるんでしょう。全部は話してないわね」
蓮實淳はちょっと怖くなってきた。このオッサン、実はむちゃくちゃ有能なのかもな。
「ね、ここで言っちゃいなさいよ。そうした方があなたの為(ため)になるわよ。ほら、本当はどうだったのか言ってごらんなさい」
男は耳許に
「どうしちゃったのぉ? なんで教えてくれないのよ。――ま、いいでしょう。ちょっと
「任意同行?」
「そうよ。署の方でよぉくお話するの。来てくれるわよね?」
「任意ってことは断れるってことです?」
表情はさっと変わった。有能かどうかは別にして、
「断れるけど、そうしない方がいいわよ。
腕をつかんだまま男は階段を降りていった。辺りはもう暗くなっている。
「さ、この方を連れてってあげて。私はまだ残るけど、連絡しとくから。いい?」
「蓮實先生!」
「蓮實先生! どこ行っちゃうの?」
「大丈夫だ! ペロ吉! ちょっと出かけて来るだけだよ!」
彼も口に出して叫んだ。押し込もうとしていた警官はきょとんとした顔で振り返っている。
「ペロ吉、キティに知らせてくれ! なにがあったか全部言うんだ! いいな?」
「うん、わかった! でも、先生、すぐ戻って来るんでしょ? そうでしょ?」
警官の顔は
「もちろんだ! すぐ戻る! ペロ吉、頼んだぞ!」
そう叫んでるときにドアは閉まった。
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