第11章-2
しかし、そういう
「こんにちは。ご
ガラス戸があいた瞬間に二人は顔を見合わせた。この人の
「まあ! どうされたんですか?」
「いえ、教室でパイを焼いたのでお
「えっ、手作りのパイですか?
デスクに手をついたまま彼は目を細めてる。大和田紀子は頭を下げ、ソファに浅く掛けた。
「もう半年になりますわね。ほんとうにご無沙汰してしまって、すみませんでした」
「いえ、その後お変わりはありませんか?」
「はい。おかげさまで」
「で、今日はなにか?」
「ですから、パイのお裾分けにと思いまして」
向かいに座りながら、彼はわからない程度に口許をゆるめた。踏切の音が遠く聞こえている。
「ほんとすごぉい。これ、レモンパイよ。はい、これは奥さんの。で、あなたがこっちで、私はこれね」
「でも、それだけではないですよね?」
大和田紀子は笑った。それまでとは違う種類の笑顔だ。
「やっぱりわかりましたか。なんでもお見通しの先生ですものね。――はい、ちょっと気になることを耳にしたので、」
「この店に関する
「ええ、うちは料理教室をしてますでしょう。若い方も多いので、いろんな話が出るんですよ。その中にここのことがあって、――いえ、みんな嘘だろうって言ってるんですよ。信じてはいないのですが、」
彼はうなずいた。カンナを見ると、口の
「大変なことになってますわね。でも、大丈夫ですよ。私は味方ですから。そう言いたくて来たんですの」
「ありがとうございます」
拭ったクリームを口に入れ、カンナも頭を下げた。ほんと、こういうのっていいわよね。接客の
それからは
「そう、最近うちに黒猫がよく来るんですよ。ほんとかわいいんですけど、その、
「ああ――」
語尾を伸ばし、彼は唇を
「わかりました。いえ、どうするってわけではないですが、なんとかしましょう。そのうちそういうこともなくなるはずですよ」
「はあ」
大和田紀子は
「では、私はこれで。すみません、
「いえ、こちらこそ気をつかって頂いてすみませんでした」
外へ出ると三人ともに
「ああ、ひとつだけ。奥さん、ご主人の知りあいに七十過ぎのお
振り向いた顔はいつものものだった。とくになにも知らないといった表情だ。
「そういう方はいないかと。でも、どうしてです?」
「いえ、とくに意味はないです。忘れて下さい」
影が小さくなるとカンナは顔をあげた。
「さっきの、なんでああ言ったの? あんなふうに言われたら気になっちゃうじゃない」
「だろうな。でも、だから言ったんだ。あれを聴いたら、
そうはいったものの、これといって新しい動きはなかった。まあ、
そろそろ九月になるという火曜にカンナはソファで雑誌を
カンナは
「はあ――」
一人ぼっちという言葉に
「ほんと、来てくんないかなぁ」
独り言も洩れた。ガラス戸の先はオレンジに
「あっ、そうか。またあのジジイに
蓮實淳は足を止めた。お前は
「ナア!」
カンナは背中を
「ん? どうした? そんな顔して」
「え? 別になんでもないけど」
ニヤつきながら彼はガラス戸を開けた。キティが出ていっても同じ表情のままだ。
「来ないな」
「誰が?」
「ん? 大和田の
そう言った顔はさらにニヤついてる。カンナは
「そのうち来るんじゃない? ――ま、とにかく待つしかないわ」
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