第10章-4
警察に相談するというのは前からあった話だったけど、幾つかのことが
「あのう、すこしお話があるんですが、」
そう言ってきたのは青い
「えっと、お話ってどのような、」
蓮實淳は立ち上がった。目はカンナへ向けている。こいつはそうとう不安定になってるからな。警官なんか来たら、また泣き出したりするんじゃないか? そう思っていたのだ。
「いえ、少し確認というかですね、」
緊張した
彼はそのように思ったわけだけど、カンナの心情はより複雑なものだった。まずは母親を思い出し、
「カンナ?」
「はい?」
「どうしたんだよ、ぼうっとして」
「え? ぼうっとなんかしてないでしょ。ちょっと、その、考えごとはしてたけど」
見上げた
「さ、お掛けになって下さい。お茶を
「いえ、お
「でも、お茶の一杯くらい飲んでいけるでしょう? すぐ出せますから」
困った顔で警官は
「で、お話というのは?」
「はい、実はですね、ある方から相談があったんですよ。その、こちらとトラブルになったとかで」
「トラブルですか?」
そう言ったとき、作り込んだ笑顔のカンナがやって来た。
「警察のお仕事も大変でしょう。こんな暑いのに動きまわったりするんですもの。――あの、私の母も警察官なんですよ。だから、そういうのすごくわかります。これは疲労回復のお茶です。ちょっと
「あっ、美味しいですね」
「ええと、三日前ですか。八月十八日の夕方、五時近くですね。この前を通りかかった男性にこちらの女性の方が、その、突然バイクの前に飛び出してきて、なにか言ってきたとのことですが」
目を向けられてもカンナは気づかないようだった。おいおい、マジかよ――そう思いつつ彼は身を乗り出した。
「なにか言ってきたというのは? いえ、確かにそういうことはありましたよ。でも、先方はどう
「それが、あまり
ふうむ、そうきたか――蓮實淳は鼻に指をあてた。目は自然と細まっていく。ただ、カンナを見ると吹き出しそうになった。こいつ、まったく聞いてないな。ま、その方がいいけど。
「それで相談されたってことですか。しかし、あれは
小太りの警官は片方の
「そうですね。向こうの方も人違いじゃないかと仰ってます。でも、ほんとうにそうなんですか?」
「まあ、そうなんでしょう。いえ、見ればわかるでしょうけど、この子はいつもぼうっとしてるんですよ。それで勘違いしたんだと思いますよ。先方もそう言われてるようだし、それだけのことに思えますが」
ん? カンナは唇をすぼめた。
「で、その方はどうして欲しいと言ってるんです?」
小太りは
「
蓮實淳は眉をひそめた。なにかがおかしい。小太りを見ると、その顔にも薄く
「でも、おかしくないですか? その方も人違いだと言ってるんですよね? だったら、なにもそこまでしなくていいじゃないですか」
「仰る通りなんですが、その方は大変
若い警官は
「しかし、勘違いなら同じことは起こらないと考えていいのでしょう。そういうことですよね?」
「そうですね。お互いそう言ってるのだし、トラブルになる原因もないのだから同じことは起こらないでしょう」
「では、先方にはそのように申し伝えておきます。それで納得してもらえれば一番ですからね」
「すみませんね。お手数かけてしまって」
「いえ、こういうのはよくあるんですよ。――ま、これもあまり大声で言うようなことじゃありませんが、この辺は
「そうなんですか。ああ、そういえばなにかで聞きましたね。豊島区は空き家も多けりゃ、独り暮らしの老人も多いって」
グラスを置き、小太りはうなずいた。先程の困惑は消え失せたようだ。
「ええ、ほんと多いですよ。それに、空き家は増える一方です。この前も、いや、去年の四月だったな、この近くの
「ああ、それも聴きました。ひどい雨の日に足を
そこまで言って蓮實淳は口を閉じた。なにかが気になったのだ。ただ、ふたたび吹き出しそうになった。こっちの相棒は
「ま、そういうわけなんです。老人同士のトラブルも多いですから。しかし、この件はすぐ解決しそうですね。ありがとうございました」
小太りが先に出ていった。若い方は戸口で振り返り、「あの、お茶、美味しかったです」と
「――あっ、いえ、気に入っていただけたようで
蓮實淳は
「君はオマワリが嫌いなんじゃなかったっけ?」
二人だけになると彼はそう訊いてみた。
「私そんなこと言った?」
振り向きもせずにカンナはこたえた。目はガラス戸の先へ向かってる。
「そんな感じのことを聴いたように思うけど」
「ま、もしそうだったとしても、すべてのオマワリさんが嫌いなんじゃないわ。中には素敵な方もいるんだし」
「なるほど」
彼はグラスを片づけはじめた。こんなんじゃ使い物にならないだろう。そう思ったのだ。ただ、奥に行きかけるとカンナは
「そういえば、さっき私の悪口言ってたでしょ。いつもぼうっとしてるとかって」
首を振りながら彼はグラスを洗った。――ほんと感情の
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