第10章-3
「はい! そこのバイク!
「聞こえないの! 停まれって言ってるでしょ!」
サイドミラーを見たのだろう、バイクはスピードを速めた。ただ、直後に減速した。追い越したカンナ両手を広げ、立ちはだかった。
「どうしました? なにかご用ですか? お
バイクはぷすんぷすんと音を立てている。それもムカつきを
「どうもこうもないわよ!」
「おい、やめろって」
やっと追いついた蓮實淳は引き戻そうとした。しかし、カンナは動かない。
「飛び出すのは危険ですよ。
「そうやって
「なんのことですか? まったく意味がわからないが――」
「しらばっくれる気?」
「そう言われてもね。しらばっくれるもなにも私はあなたを知らないんですよ。あなたは私をご存じなんですか?」
「ご存じよ! すっごく、ご存じ! あんたがあの馬鹿げた! 嘘ばっかりの! いやらしいビラを作った犯人だってのもご存じなんだから!」
ちょっとは落ち着けよ――そう思いながら彼は腕をつかんでいた。ただ、その度に払われた。しまいに二人はこんがらがり、わけがわからない感じになっていった。
「犯人とは
「まだしらばっくれるの? いい? 私は
彼は目を細めた。
「今度は『あくりょう』ですか。しかし、あなた方はその正確な意味を知らないはずだ。いや、知るわけもない」
「はあ? どういう意味よ!」
カンナの怒りは収まらないようだった。――まったく、しょうがないな。彼は横から抱きつき、耳許に
「もうやめろ。こんなことしたら俺たちの負けになる。それに、」
え? カンナは身を
「こんなとこで『淫売』だの『乳繰り合ってる』だの言うな。みんな見てるぞ」
あっ、やだ、私ったら。カンナは
「変な言いがかりはやめて下さいよ。私は気の弱い年寄りでね、こんなふうに若い人たちに囲まれるだけでも心臓に悪いんです」
そこまで言うと老人はバイクを後戻りさせた。顔は蓮實淳へ向けている。
「こちらのお嬢さんはなにか
彼は
「これは、まあ、事故のようなもんでしょう。互いに
老人はじっと見つめ、口許をゆるませた。そして、そのまま去っていった。
居あわせた全員が
「カンナちゃん?」
学生の一人が声をかけた。カンナはぼうっと立ち
「大丈夫?」
「え?」
「あ、うん。私は大丈夫よ。ちょっと、――ううん、だいぶ
今度は蓮實淳の方を窺ってみた。悩み深そうにしてるものの怒ってはなさそうだ。でも、ここは反省すべきとこよね。
「ごめんなさい! あんなことしちゃって」
「いいよ。――いや、まあ、よくはないけど、しょうがない。とりあえず店へ戻ろう。コーヒー
「そうね。そうしようかしら」
のそのそ歩き、彼らは適当な場所に座った。コーヒーをつくってるあいだ学生たちはいろいろ訊いている。
「ほんとにあのお
「そうよ。あのジジイなの。さっきの見てたでしょ? ほんとムカつく! なにが『飛び出すのは危険』だっての!」
「でも、なんでわかったの? あのお爺さんだって」
カンナは
「なんでもお見通しの先生が
「へえ。やっぱり蓮實先生ってすごい人なんですね。なんでもわかっちゃうんだから。だけど、なんであんなの作ったりしたんだろ? カンナちゃん、どうしてなの?」
「それは――」
カンナは奥を見た。コーヒーを運びつつ、彼はうなずいてる。
「あの爺さんは
「脅迫者?」
「うん。細かいことは言えないけど、ここに相談しにきた人の中にあの爺さんから脅迫されてたのがいるんだ。でも、解決されちゃったらもう
「どういうことですか?」
「いや、ちょっと変に思えることがあるんだよ。本人の動きからするといま言った通りなんだけど、所々にそれを打ち消す
「ふうん。でも、悪いことしてるの邪魔されて腹立てるなんて、ほんと意地の悪い人よね」
「そうでしょ! まったく考えられないわ!」
我が意を得たりとばかりにカンナは
「だけど、これからどうする気なの?」
「それが問題なのよね。あのジジイって評判いいらしいのよ。悪い話は聞かないんだって。そうなんでしょ?」
「ああ。それどころか、けっこうな人気者だ。俺たちがなんか言っても誰も信じないだろうな」
カンナは腕を組んだ。目は千春に向かってる。――もう、ほんと
「ねえ、でも、これってナントカ
「そう、そうよね。たまに聞くやつでしょ。私もそう思ってた」
「
「だったら警察に言えばいいんじゃない? ビラはあるんだし、
「まあね」
そう言いながら彼は
「どうしたのよ」
「なにかわかったって顔してるけど、なにがわかったの?」
「ああ、いや、」
彼は肩をすくめた。それから、は? と思った。カンナは今にも泣きそうになってる。
「今度はどうしたんだ? さっきまであんなだったのに」
「だって、」
「だって?」
涙を
「――だって、あなたの占いはすごいのよ。ほんとにすごいの。それに、いつもはどうしようもない人なのに、相談に来た人にはとんでもなく優しいじゃない。それで救われた人がたくさんいるのよ」
原因は別にあったはずだけど、カンナは
「いい? あなたはこれまでだってたくさんの人を助けてきたの。それも、普通にはありえないような方法で
しゃがみ込み、彼は脚をぽんぽんと
「さっきから、ごめんなさい。なんか気持ちがコントロールできなくなってて――」
おそるおそる千春の方を窺うと、その表情は意外なものだった。
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