第9章-4
猫たちは前にも増してやって来るようになった。どの時間にもあらわれてはちょっとした情報を伝えて帰っていく。占いをしてるときは終わるまで待つこともあった。そういう場合、カンナは立ち聞きをやめてネズミのオモチャを取り出した。顔のわかる猫も、そうでない猫も「ニャニャニャ」などと言いながらひとしきりつきあってくれる。ただ、仕切りのカーテンがひらくなり駆(か)けていった。
いったいどういうこと? 彼は
「あっ、すみません。もう一度
手を動かしつつカンナはそう言った。聴き逃してしまったのだ。
「いえね、すごい先生だって聴いてましたけど、ほんとにすごいお方ですねって言ったんです。なんか長いこと
「ああ、いえ。――ちょっとぉ、
彼は変な顔つきをしてる。お客さんも苦笑いを浮かべていた。上品そうな後ろ姿を見送りながらカンナは腕を組んだ。
「なんであの人はあんな感じに笑ってたんだろ」
「きっと『過分なお褒めのお言葉』がツボだったんじゃないか? 間違ってるとはいえないけど、
ふたたび仕切りは閉じられた。
カーテンが開き、疲れた顔が出てきた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、あの
「ふうん。そうなの」
カンナはそうとだけ言っておいた。その横を猫は駆けていく。まるで急ぎの用があるかのようにだ。
「目立ったトラブルもないんだ。それどころか、けっこう好かれてるようだ」
「だけど、犯人なのは確定してるんでしょ? そうでなきゃ、あんな雨の中、店を
「まあ、そうだな」
「教えてくれないから私は知らないけど、」
カンナは口を
「いい人そうにみえる、評判がいいってだけだったら、そいつが犯人じゃないことにならないわ。よくテレビで言ってるじゃない。『あんなことする人にはみえなかった』って。
「ま、それもその通りだな」
彼は
ただ、それは別にして
ほんと、絵に描いたような鼻つまみ者だったらよかったんだよ。ベッドに横たわり、彼は
かといって、なにもしないでいるのは難しかった。とりあえず、住んでるとこくらいは見ておいた方がいいかもな。そう考えた彼は外へ出た。
真夏の夜は
くるっと向きを変え、彼は足早に歩いた。カイヅカイブキの
「先生かい?」
「ん、その声はオルフェか?」
「そうだよ。ちょっと待って。いま降りてくから」
雪のように真っ白な猫が走り寄ってくる。彼はしゃがんで手を伸ばした。
「オルフェだけか?」
「ううん、クロもいるよ。ほら、あの影に。――って、わからないだろうね。ここは街灯もなくって、あの辺は真っ暗だから」
「ああ、こんなだとは思ってなかった。アパートの明かりくらいしかないもんな」
彼は古ぼけた建物を見つめた。
「いないみたいだな」
「うん、ちょっと前に出てったの。よく夜中に出入りするんだよ」
「なにしてんだろうな」
「さあ。バイクで行っちゃうでしょ、だからよくわからないの。ま、ここは私たちに
そう言ったきり、オルフェは
「どうした?」
「どうしよう、先生。戻って来ちゃったみたいだよ」
「は? 近そうか?」
「近いね。いま出たら
耳を
「先生! こっちに来な!」
また違う声がした。もちろんクロのものだ。
「早く! ジジイが来ちまうよ! こんなとこで顔合わせたらマズいだろ!」
どん詰まりまで行くと、
「ほら、ここに入るんだ! ここならたぶん見っからないよ!」
たぶんなのかよ。そう思いはしたものの、どうしようもない。音は近づいてきてる。
「ほんとなにやってんだよ。こういうのは俺たちに任せときゃいいのに」
「まあ、そうだけどさ」
「しっ! 聞こえなくても
息まで止めるようにして彼は身を
「大丈夫。いつもならけっこう手前で停まる」
クロの声がした。――いつもなら、ね。そのいつもがつづけばいいんだけど。
ただ、ほんとうにバイクは向こう
いや、違うな。あの目。
老人は重そうなケースを持って階段をあがっていった。彼はしばらく身を
「ありがとう。助かったよ」
「礼なんていらないよ。だけど、ほんとビビったぜ。バレたらシャレにならなかったもんな」
一人と二匹はアパートを見上げた。ガラスの奥には動く影がある。
「先生、あんたは早く帰った方がいい。あの
「そうさ。なにかあったら、すぐ先生のとこに連絡が行くようになってるんだから」
「ああ、その方がよさそうだな」
「どうしちゃったんだ? こう、歩き方がいつもと違ってなかったか?」
「まあ、
確かに歩き方はいつもと違っていた。脚は開き気味だし、スピードも遅い。ただ、それにも理由はあった。ちょっとだけではあるものの
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