第9章-1



【 9 】




「じゃ、そのじいさんがきょうはくじょうはさみ込んだってわけだな?」


「ああ、そうなんだよ。こりゃ間違いない話だぜ。でも、それだけじゃないんだ」


「ん? それだけじゃないってのは?」


 突然立ち上がり、キティは「ナア!」とえた。雨はまた強くなったようだ。


「アタシたちはそれを元にまた聴きまわってみたんだよ。そしたら、面白い――ってのもどうかと思うけど、まあ、みょうなことがわかったのさ」


 蓮實淳はなにげなくガラス戸を見た。その向こうではカンナが溜息をついてるのだけど、そんなのはわかりようもない。


「その爺さんはね、大和田のだんしぎぬまの息子と知りあいなんだよ」


「は?」


「ほら、アタシたちはその二人を見張ってたろ? そんときに何度か見てたんだ。もちろん気にもしてなかったよ。でも、大きい方のベンから聴いて、みんな思い出したんだ」


 手を挙げたまま蓮實淳は固まった。――もしかしたら、その爺さんがもやもやしたガスみたいなものだったのか? 大和田の奥さんから見えたものだ。夫を苦しめる存在を彼女は感じていた。ん? 苦しめてる? どういうことだ?


「それにね、まだあるんだよ」


 思考は中断された。しかし、口のはしをあげながら彼はこう言った。


「それはわかる気がするな。ひるともつながりがあるってんだろ? あそこの大奥さんとも知りあいなんだ」


「よくわかったね」


「ああ。しかも、その爺さんは蛭子が持ってるアパートに住んでるってんだろ? ペロ吉んとこのはすかいにあるアパート、そこの二階、真ん中の部屋だ」


「なんでそこまでわかるんだい?」


「ん?」


 蓮實淳はまた固まった。なんで俺はわかったんだ? そう思ったのだ。


「いや、かんみたいなもんだけど、ずっと気にかかってたことが繋がったように思えたんだよ。あそこの大奥さんが同い年くらいの爺さんとよく行き来してるってのは聴いてたし、家へ行ったとき、その部屋が気になったんだ。それに、あんときの生ゴミだって出所はその爺さんなんだからな」


「ふうん、さすがはなんでもお見通しだね。だけど、まだ他にもいるんだよ、その爺さんと知りあいなのが。それもわかるかい?」


 鼻に指をあて、彼は目を細めた。ただ、オチョを見ると頬(ほほ)がゆるんだ。


「ああ、泉川のオッサンか。これはオチョの様子でわかったよ。ずいぶんいろいろのぞき見してきたんだろ? どうだった? 決定的なとこまで見られたのか?」


「いやぁ、それがなかなか難しくってさ。車ん中でイチャイチャしてんのは覗けたんだけど、」


 そこまで言って、オチョは口をつぐんだ。にらまれてるのに気づいたのだ。


「ま、そういうわけなんだよ。それにね、近所に住んでるからかもしれないが、ペロ吉のとこの父親とも知りあいのようだよ」


ゆうくんの父親ともか? でも、そのことと脅迫状やあのビラはどう繋がるんだ? 『商売のじゃをするな』、『はいぎょうしろ』ってのはどういうわけだ?」


「それはわからないね」


 ふたたび鼻に指をあて、彼は黙りこんだ。ビラの内容を思い出し、今の情報とのすきめようとしたのだ。――ん? ああ、そうか。そういうことがあったな。


「もしかしてだけど、その爺さんはもともと脅迫者なのかもな。大和田の旦那や泉川のオッサンを脅迫してるんだ」


「どうしてそう思ったんだい?」


 キティの声はちょうどいいタイミングで入ってきた。思考をスムースにする問いかけだ。


「思い出したことがあるんだよ。大和田の旦那はこう言ってた。『お前も脅迫しようってのか?』あんときはこうふんしてたから気にも留めなかったけど、そう言ってたはずだ」


「それで?」


「それで、――うん、こうも考えられるんじゃないかな。あのビラは俺たちに向けられたものでありつつ、大和田の旦那や泉川のオッサンに向けたものだったんじゃないかって。つまり、俺たちの店をつぶすのと、脅迫してる者たちにプレッシャーをあたえるのを同時にしたってわけだ。その場合、あのビラを二人に見せてる可能性もある」


「なるほど。ま、そう考えることはできるね」


 ひたいおおい、蓮實淳はしばらくうなりつづけた。雨はふたたび弱まったようだ。


「いや、ちょっとたんらくてきに過ぎるな。大和田の件についちゃ解決済みなんだから、もうおどされてないはずだ。ってことは、この考えも無効になる」


「かもしれないけど、その爺さんになにかあるのは確かだろうよ。じゃなきゃ、あんなはしないだろうからね。――で、これからどうするんだい?」


「まあ、もうちょっと調べてもらうしかないな。一応、その爺さんが脅迫してるかもって考えて調べるんだ。でも、その場合はめんどうだな。警察に言えば、大和田の家はまた大変なことになるだろ? そうはしたくない」


「じゃあ、店をたたむかい?」


「それも無理だ。――ま、先のことは後で考えよう。考えながら調べ、せいしていくんだ。それしかないだろう」


「まあ、そうだね」


 思いっきり伸びをするとキティはするどい歯をみせた。


「ところで、その爺さんの名前を言ってなかったね」


「ん? ああ、そうだったな」


「ただね、アタシは思うんだけど、これはあの小娘に言わない方がいいよ。なにしでかすとも限らないから」


「そうするよ。しばらく黙っとく」


 キティはじっと見つめてる。しかし、急に目をそらした。


「じゃ、言うよ。その爺さんはかしわっていうんだ。あんたが言ったように蛭子の裏手にあるアパートに住んでる独り者なんだけど、あいがいいからか知りあいは多い。いつも白い、だいのついたバイクに乗ってて、しゅはカメラのようだね」


「カメラか」


 そう言うと、彼はソファにもたれかかった。そのときにも雷が鳴った。

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