第3章-3
このようにして蓮實淳は猫のペンダントを手に入れた(チェーンは雑貨屋にあった五百円のにしておいた)。もちろん猫としゃべれるなんて信じてなかった。たとえ売り主が真っ正直な人間であっても信じなかっただろう。ましてや
その日の帰り道、彼はずっと下を見ながら考えていた。どうやって千春に渡そうか。そもそも会ってくれるだろうか。最後の
ふと顔をあげると、
しかし、入口は閉ざされていた。
左手には公園がある。彼はふらふらとそこへ入っていった。
「ほんと、まったく嫌になる」
俺はなにしてんだ? こんなとこでひとりぼっち冬の風に吹かれて。しかも、無職ときたもんだ。神頼みしようにも、それすら
「まったく、ほんとくさくさするよ。
声は奥から聞こえてくる。ただ、そこには植え込みと幾つかの木があるだけだった。風が吹き、葉は
混乱すると人は様々なことを考えるものだ。そして、それは(性質にも
「誰かいるのか? そこでごにょごにょ言ってるのは誰だ?」
「あん? なんだって? あんた、ごにょごにょって、いったいなに聞いたんだい?」
声はやはり
「不景気だとか、嫌になるとか言ってたろ。――なあ、あんたはどこにいるんだ?」
茂みは
「あんたかい? ――へえ、アタシの声が聞こえたんだね。で、なに言ってるかもわかったってわけだ」
汗はさらに噴き出てきた。さっきとは違う混乱に
「なんなんだい? 自分から話しかけといて
「ああ――、俺も猫と話すのは初めてなんだ」
彼は辺りを見渡した。遠く、車の走りゆく音が聞こえる。現実は継続してるのだ。
「ちょっとこっちに来てくれないか?」
「嫌だね。どうして行かなきゃならないんだい」
「話したいんだよ。それだけだ」
「アタシは話したかないよ」
「どうして?」
「どうしてだって?」
蓮實淳はベンチに腰かけた。猫はじりじりと動き、目を細めてる。
「アタシは人間が嫌いなのさ」
「どうして?」
「どうして、どうしてって、さっきからうるさいね。言いたかないよ。ただ嫌いなのさ」
「でも、」と言いながら、彼はもじゃもじゃの髪をかき上げた。
「こうして話してくれてる」
「めずらしいからさ。こんなふうに話せる人間に会ったのが初めてだったんで、少し
「なるほど」
彼はごくわずかだけど落ち着いてきた。会話というのは
「もうちょっと話させてくれよ。この
「関係ないね。さっさと帰って、おかしくなっとくれ」
「それとも
「アタシは鼠なんて捕ったりしないよ」
「だったら、つきあってくれよ。俺のことを話す。君は聴いてるだけでいい。ま、
「ふんっ!」
茶トラはそっぽを向いた。でも、「わかったよ、話してみな。相槌くらいはしてやるから」と言い足した。
蓮實淳は
彼女の方(茶トラのことであり、わかってるかとは思うけどキティだ)は不思議な気分になっていた。自分でそうと言ったように彼女は人間が嫌いだった。それも、なんとなく嫌いなのではなく、しっかりした理由があった。見ようと思えば(いや、彼女が見せようとすればだけど)、身体には人間を嫌う動機そのものが
「こういうのもなんだけど、あんたも苦労してんだね」
「ん? ああ、」
彼は薄くだけ笑った。猫に
「苦労とは違うかもしれないけど、いろんなことがあったのさ。でも、ここ最近が一番キツかったな。なんて言うんだろ、――その、急にまわりが真空になったみたいな気分だよ。それまで聞こえていた音も光もそいつに吸い込まれてしまったみたいだ。俺に残ってるのはずっとつづく
「
「ああ、そう言うんだろうな。あまり急にいろんなもんを失ったんで、自分がどこにいてなにしてんのかもわからなくなっちまったんだ」
「わかるよ、そういうの」
茶トラの声は優しく耳へ入ってくる。目にも
ちなみにこれも書いておくと、猫と話せるといっても、
「ニャ」
「ニャニャ?」
「ニャア、ニャ」
――などという感じではない。そういう声を出すこともあるけど、それは人間に置き
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