第1章-6
その翌日から彼らは動きはじめた。そろそろ底をつきそうになっていた貯金からスーツを
「うん、ちょっとはいいわ」
カンナは全体を
「見た目は、まあ、こんなもんでしょう。言葉
「やってみてって言われてもな」
「いいから、やって」
顔をしかめはしたものの、
「私になんでもご相談ください。どんなことでもお見通しの、この蓮實淳にお
「うん。まあ、いいでしょう。だけど、その顔、なんとかならないの? なんだか
「まだ
占いの方法――カンナの考えた仕掛けだ――も決まった。蓮實淳は大きなデスクに腰かけ、相談者は向かいに座る。新たに仕切りとなる厚手のカーテンも
「見えました。バステトのお導きにより、あなたのことが」
それを何回も、日に数時間練習させられた。
「なあ、ほんとに毎回これをやるのか? 俺が?」
「そうよ。なにか問題ある?」
「いや、なんか嘘ついてるみたいでさ。バステト神って、こりゃ、いったい誰なんだ? まったく知らない奴の導きなんて言うの、俺、心苦しいな」
「なに言ってんのよ」
カンナは
「占いが当たってりゃ問題無いでしょ。あなたはそっちに嘘がないよう努力してればいいの」
意外に思われるかもしれないけど、彼は嘘をつくのが苦手だった。人間が正直にできてるというのではなく、小心者過ぎて嘘をつき通すことができないのだ。
そういう意味では、カンナは良き
「ね、あなたは自分のことを占ったりできるの? その、自分の将来がわかるのかってことだけど」
カンナはそう訊いたことがある。リニューアルにあてた半月が過ぎ、あの
めずらしいことにその日は二人だけだった。とはいっても、いつも誰か人がいたわけではない。いつも猫がいたのだ。それがその日にはなぜかあらわれなかった。ビニールのぷちぷちを丸め、カンナは外を
「こんな目立たない看板にするのか?」
秋が深まってきた頃で、陽は
「ねえ、さっきの質問。こたえてよ」
「ん? なんだっけ?」
「あなたは自分のこと占えるの? 自分がどうなるかわかるの? って訊いたの」
「ああ――」
彼は
「わからないな。やったことないんだよ、そういうの」
「どうして?」
「うーん、どうしてかなぁ。でも、そういうのって知らない方がよくないか? 俺はそう思うな」
彼は固まったように動かず、だから、二人の
「千春から聴いてると思うけど、俺はいろんな仕事してきたんだ。ま、君からすりゃ、ろくすっぽ意味もわからず働いてたってことになるんだろうけどな。幾つも仕事駄目にしちゃったもんな。とくに最後のは
「うん」
「それが、ある日突然すべての店を閉めるって言われたんだ。ほんとにこれからってときだった。あと半年――いや、三月あれば、売り上げも利益もちゃんと出せる店になるはずだった。ま、終わったことだから幾らでもこんなふうに言えるだろうけどさ」
カンナは唇を
「それと私の質問がどう
そこで彼はやっと顔をあげた。いつもと違って真剣そうな表情だ。もしかして、この人も私に近づきすぎて
「前の仕事がなくなって、まあ、その後もいろいろあったけど、こんな店をはじめることになったわけだ。でも、それもうまくいってなかった。そんときだって俺は自分がどうなるかなんて知ろうとしなかった。だけど、こうやって君に会えた。これはたぶん運命みたいなもんなんだろう。なんとなくそう思える。うまくいけるようにも思うんだ。今度こそね。そういうのって、初めからわかってたらつまらなくないか?」
カンナは
やだ、ちょっと。さっきから感じていたドキドキはなにかの
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