第1章-5
もったいないなぁ。ソファに
「ほれ、飲むか?」
彼は缶コーヒーを手に戻ってきた。
「冷蔵庫のどっかにあるはずだと思ってたんだけど、いろんなもんの奥にあって見つけられなかった。ミルク入りとブラックがある。どっちがいい?」
この薄寒い日に冷たい缶コーヒーでもてなすという神経にも溜息が
「ちょっと訊いてもいい?」
「なんだ?」
「ここって一日に、――ううん、週に何人くらいお客さんが来るの?」
「ん、そうだなぁ、」
「正直にこたえて」
「良くて一人。いや、二人の場合もある」
「ほんと?」
「ん、悪い場合も知りたいか?」
「ぜひ知りたいわ」
「悪い場合はだな、二週間に一人ということもある」
「それってどうしてだと思う?」
「どうして?」
彼はしばらく
「じゃ、質問を変えるわ。このままお客さんが来なかったら、いつまでこのお店はつづけられるの?」
「いつまで?」
「だって、収入がなかったらつづけられないでしょう」
「ああ、そういうことか」
この賭けはやっぱりよしておいた方がいいかも――カンナはそう思った。彼は
「大金持ちで、
表情はまんざらでもないものに変わった。――まるで子供。でも、
「いつもあんな感じに、ほら、私に言ったみたいにしてんの?」
「ん? まあ、そうだな」
「お客さんの反応は?」
「たいがいは怒りだすね。この前の君と一緒だよ。ときには怒りのあまり金を払わないで帰る客もいる」
「ねえ、飲み屋の店長さんだったときもそんなふうにしてたの? それで潰したんじゃないでしょうね」
また表情が変わった。ただ、
「飲み屋のときは
カンナは腰をあげ、腕を伸ばした。首を引いたまま彼は固まってる。もじゃもじゃの髪は持ち上げられていた。
「ちょ、ちょっと。なんだよ」
「ふうん。こういう顔なのね。ま、こうやって出しといた方がいいか。まだマシだわ」
「は?」
ソファに身体を
カンナは目をあけた。その顔を猫が
「どうした? なにかあったのか?」
彼は顔を
「占いで当ててみなさいよ」
「はっ、そんなに便利なもんじゃない。考えてることはわからないんだよ。それに、あれは疲れるんだ。とんでもなくね」
「そうなの? ふうん、そういうものなんだ。でも、たとえばだけど、一日に五人くらいなら占えそう?」
「どうだろうな。まだそこまでやったことないんだよ。そもそも客が来ないからな。でも、五人くらいならできるかもな」
「お客様ね、そこは。どんなに
駄目と言われるごとに彼は見えない
「私、思うんだけど、あなたの能力をきちんと
「ああ――、すごい。計算が速いな」
「そっち? ま、私ずっと
「だけどさ、一人二万は取り過ぎじゃないか? 客、いや、お客さんがそれで来るか?」
「それだけの価値を提供すればいいのよ。私、ちょっと調べてみたの。だいたいそれくらい取ってるみたいよ。それに、あなたの占いにはそれだけの価値があるわ。ま、段階があってもいいかもしれないけどね。たとえば、時間や内容でわけて、一万五千円、二万円、三万円にするとか。そうなると、たいていの人は真ん中にするもんでしょ」
「なるほど」
「あなた、ほんとうに店長さんだったの? こういうのって基本的なことじゃない」
コーヒーを飲もうとして彼は顔をしかめた。空になっていたのだ。それでも首をあげ、缶を振っている。
「ね、ここ開けるとき、お金借りたりした?」
「いや、借金はない」
「貯金は?」
「それもそろそろ無くなりそうなんだ。ほんとは猫に缶詰買ってる場合じゃないんだよ」
「ニャ」と鳴き、猫は額を
「大丈夫だ、ペロ吉。どうも俺の能力はすごいらしいからな。そのうちお前に
二人は、いや、二人と一匹は見つめあっている。カンナの目は細まっていった。これからどうなるかわかるような気がしたのだ。それはけっして悪いものではなかった。
「そうよ。私が手伝ってあげる。失敗したら、あなたのせい。私は逃げるわ。でも、成功したらきちんと分け合うのよ。ってことで、まずはこの馬鹿げたものを取っちゃいましょう」
じゃらじゃらした
「こういうのぶら下げてたら、占いっぽいって思ったんでしょ」
「まあね」
金色の欠片が落ちゆく中で蓮實淳は腕を組んだ。これは
「ほんとセンス悪い。最悪中の最悪。
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