第23話


アパートの最寄り駅に降りた僕達は、寒い風に当たりながらカフェに向かった。

カフェは夜9時半を過ぎていたが、お店は開いていた。某感染症の対策で夜8時以降の営業はされていなかったが、最近また再開されたみたいだ。

「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」

店員にそう言われ、僕達はいつものカウンター席に腰を下ろした。もう、このカフェに頻繁に来ることもないだろう。

僕達は側に来てくれた店員さんに温かいコーヒーと紅茶を注文し、ふぅ、と息をついた。

「じゃあ…話、しよっか。」

沈黙を破ったのは、瀬戸の方だった。

「…僕から話してもいいか?」

こういう時は、相手に頼らず自分が先に話した方がいいと思った。瀬戸は特に反論もせず、頷いた。

「僕は、人との関わりはいらないと思っていた。大学生活も目立っていこうとは思わなかったし、むしろ地味な生活でも平和だと思える生活を求めた。だけど、ここで瀬戸と会って話すようになってから、僕の思考は少しずつ変わったんだ。今は友達も何人かいるし、少しずつ人と関わることに抵抗がなくなってきた…それは瀬戸も同じだと思う。」

「うん、そうだよ。」瀬戸は笑って返した。

「僕は、瀬戸のお陰で変われた。そして今では、お互いに充実した大学生活を送ることができている。」

そこで僕は間を置いてから、続けた。「だからこそ、僕達はもう二人の時間を共有することが難しい。いくらお互いが「友人A」だと言っても、男女の関係でいる限り周りは信じてくれない。あと、この関係が続いていけば、お互い前に進みにくいと思うんだ。」

「前に進む、っていうのは、今後の友人関係とかクラスとの関わりとか…恋愛とかのことを含めてだよね?」

「…うん。」

「私も同じ意見だよ。松原くんは私にとって凄くいい「友人A」だけど、このまま二人で一緒に行動できるかどうかって言ったら、多分できないとは思ってる。」

「僕は瀬戸に、大学内で気まずい思いをして欲しくない。」

「私も松原くんに、気まずい思いをして欲しくない。だからこそ、私達は今日で会うのをやめなきゃ。」

「うん。」

僕は、窓の外に広がる冬の景色を見た。外は暗く、街灯と月明かりだけが辺りを照らしていた。その暗い中に光が灯る光景が、今の僕達を表していると思った。

「…松原くん。」

「ん?」


「私にとって、松原くんは「友人A」じゃないんだよ。」


その一言は、小さな衝撃だった。

彼女もどこかで僕のことを「友人A」以外で見てくれてはいないかとも思う時はあったが、実際に彼女の思いを聞いたのは初めてだった。

僕は「同じだ」と素直に言った。「僕にとっての瀬戸も「友人A」じゃない。」

だけど、と僕は付け加えた。「そこに進むのは、怖い。お互いによくないかもしれないし。」

「それは私も怖い。進みたくない。」

「結ばれようとしても、僕達は結ばれない。」僕は口角を若干上げた。「さっきの映画みたいだ。」

「確かに!」

瀬戸はいつものようにフフッ、と笑った。こうして彼女の笑顔を近い距離で見るのも、もうないのかもしれない。

「付き合えば、もう「友人A」に戻ることもないし、大学生活も窮屈になりそうだ。」

「うん…だったら、私達の答えはもう出ているよね。」

瀬戸は僕の目をしっかりと見て言った。僕も瀬戸の目を捉え、二人で頷く。


これで、終わりだ。


「松原くん…ありがとう。」

「うん。僕の方こそありがとう、瀬戸。」

「これからは、大学の友達だね。」

「うん、これからもよろしく。」

僕達は、透明な仕切りの下から手を伸ばし、固い握手をした。

初めて触れた彼女の手は温かくて、細かった。

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