第21話
映画鑑賞当日、僕はいつものように大学での授業を受け、終わった後で瀬戸と合流した。
「お疲れ~。」
「お疲れ。」
こうして大学内で会って一緒にどこかへ行くのは、初めてだった。まだ周りに同級生が沢山いる中で話すのは緊張するが、行き先が同じなのでしょうがない。
僕達は授業を受けていた棟を抜け、校門を抜けて駅の方面まで向かった。
「ねぇ…―――と、付き合ってるのかな?」
「いい感じだよね―――」
僕はドキッとした。自分達の後ろにいる同じ学科の人達が、何やら囁いていることに気づいた。半分程聞き取れないが、多分僕達のことを言っているのだろう。
「…気にしなくていいよ。」
瀬戸もそれに気づいていたのか、小さな声で僕に言った。
僕達は電車で数駅離れた場所にある映画館に行き、券売機でチケットを購入した。
「ポップコーンは塩派?それともキャラメル派?」
「んー、強いて言うならキャラメルかな。でも今日はお腹空いてないから、なくてもいいよ。」
「じゃあ、私も買わない!」
そんなどうでもいい話をするのは、やっぱり楽しかった。この時間を、誰にも邪魔されたくないとさえ思う。
これは独占欲なのか?…いや、それは違う。僕は彼女と「友人A」としての時間を楽しんでいるだけだ。恋愛と友情を履き違えてはいけない。あくまで僕は、彼女の「友人A」であり、彼女も僕の「友人A」だ。そう思わなくてはいけない…そう思っている時点で、何か違うような気もするが、それに名前を付けてはいけない。
「第三スクリーンだって。私はH-7だよ。」
瀬戸はチケットの番号を確認して言った。僕は自分のそれをチラッと見た。H-8なので、彼女の右隣の席になっている。
僕達は足早にスクリーンのある場所に行き、吸い込まれるように入った。
恋愛映画を見に来るのは、中学の時にできた一番最初の彼女と来て以来だった。無論、高校の彼女とはカップルみたいな行動など一度もしなかったので、随分久しぶりだ。その久しぶりの映画が、まさか大学の女子友達になるとは予想していなかった。
暗くなりかけているスクリーンを前に、僕は左に座る瀬戸を見た。彼女はスマホの電源を落として、まだCMが流れているスクリーンをじっと見ていた。その目は真剣で、これから始まる映画をしっかり見ようという意思が感じられる。
僕はずっと、彼女に「なんで僕を映画鑑賞に誘ったのか」と聞きたかった。別に映画を観る友達なら他にもいただろうし、彼女一人でも観に来れたはずだ。
もしかしたら…という、複雑な考えが僕の頭を過ぎった。が、瞬時に頭を振った。別に友達として映画を見に行こうと誘ってくれたのかもしれない。この答えを突き詰める必要はない。
僕は視線をスクリーンに移した。
今回見る映画は、恋愛映画だった。最近話題の男優と女優が出ている作品で、観たいと思っている人は多いらしい。物語の内容は、別になんてことないハッピーエンドの映画だと聞いているが、詳しいことは知らない。
『お互いの気持ちが分かって、やっと付き合えて…これからもっと二人で一緒にいようって言ったのに。』
『由紀…』
『私の側から離れないで…離れたくないよ、大和。』
映画はクライマックスへと突入し、物語が熱を帯びて来た。今は、付き合い始めたカップルの彼氏が病気で倒れ、もう時間がないという現実を突きつけられたカップルのシーンだ。彼氏が病で倒れるストーリーは珍しいな、と思いつつ、僕はスクリーンの映し出された一組のカップルを見つめた。結ばれたくても結ばれない…そんなもどかしい時間を過ごす画面のカップルは、残された時間をどう過ごしていくのだろうか。
『俺は由紀のために治す。絶対に負けない。だから…治したら、またもう一度思い出を沢山作ろう。』
『うん…うん…大和、愛してるよ。』
物語でのフラグは、今後のストーリー展開に必要だ。きっと、このカップルはその後の幸せを掴むことはないだろう。ここからは、人の生死を通した物語が待っている。
…そう分かってはいるものの、僕はスクリーン上の人物に目が離せなくなっていた。
状況は違えど、その映画は僕の気持ちを代弁しているように感じた。お互いに「このまま幸せな生活が続くとは思わない」と知っていても、その現実からは目を逸らして生きたい。そう願う気持ちは、状況が違えど今の僕が思っていることに近かった。
僕達は、最初はコミュ障と思われる程に人と接することが苦手だった。僕自身、人付き合いの大切さを全くもって感じていなかったし、なんならそれはいらないことだと思っていた。だからこそ、カフェで瀬戸と会って話をすることは噂にもならず、僕達は二人で楽しい時間を共有することができていた。
ただ、カフェで瀬戸と出会い、彼女の「友人A」となったことで、周りの状況は大きく変わった。僕は、気づけば性格が明るくなったと言われ、友達が増え、会話をするようになった。彼女も段々と友人が増え、いつも笑っている姿を見るようになった。そのため、僕達が今後も沢山関わり一緒にいることが周囲にハッキリと勘づかれた時は、噂になってお互いが気まずくなりそうなのだ。噂は怖い。どこまで広がるかも分からない。その怖さを、僕は痛い程経験している。
だからこそ、僕と瀬戸はこれ以上会ってはいけないのだ。それは「友人A」としてでも、だ。僕は彼女に、噂や気まずい雰囲気を味わわせたくない。だとすれば、僕からしっかり離れて、彼女にも僕にも最善の選択をした方がよい。お互いに、これからまだある大学生活に支障をきたすことはしたくない。
この映画鑑賞が、僕と瀬戸が二人で会うことの最後にしよう。
そして。
もし、本当に最後なら。
―――僕は、瀬戸に言うことがある。
最後なら、別に言いたいこともハッキリ言えるう。これがもし黒歴史に変わろうとも、僕は後悔をしたくない。
僕は、自分の両手に力を入れた。
これ以上、二人でいてはいけない。
これが、瀬戸と会って話をする最後の機会だと思おう。
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