第20話


あれから僕達は、互いの「友人A」としての日々を過ごしていった。大学では「同じ学部学科の仲間」として会話し、カフェでは「気の合う友人A」として長時間話すようになった。周囲からは「よく話してるよね」という認識以外は何も起こらず、大学でもプライベートでも、僕達はいい関係を築くことができていた。僕達は、お互いの秘密を共有していくことに楽しさを感じていた。

「もしカフェで会っているって知られたら、絶対に噂されるよね。」

「うん、そうだと思う…本当に何もないのにね。」

「うんうん。」

秘密を共有している時間は、日常とは違う空間にいるような感覚だった…まぁ、その時間以外はなんともないのだが。

そうやって僕と彼女は、笑って毎日を過ごした。

日々を過ごす上で、僕達はこの関係を壊すことはしなかった。別に言おうと思えば言えるのかもしれない。が、僕はそれを放ったことで関係が違うようになるのが嫌だった。お互いが「友人A」でいれば、いつでも友人として会うことができる。また、どちらかに恋人ができた場合はすぐに離れることもできる。この関係―――「友人A」として日々を過ごしていくことが、一番安全だし楽しいのだ。

そうやって僕は日々を過ごす中で、自分の中の「好きだ」という感情が徐々に消えていくのを感じた。「友人A」でいることが一番だと、自分の中で自覚したからなのかもしれない。


「あのさ、今度映画に行かない?」

彼女からそう話を持ってきたのは、十二月に入ったばかりの時だった。

「いいね、行こいこ。」

僕はスマホのカレンダーアプリを開いて予定を打ち込んだ。見に行く日は、年内の授業が終わる日より、数日程前だった。授業はあるので日中は行けないが、放課後に集合していく分には時間はたっぷりある。

僕は予定を確認しながら、ふと彼女と二人で出かけるのが初めてだと気づいた。

「二人でカフェ以外で外出するのは初めてだよな?」

「あ、確かに!…もうよく話しているから、遊んでいるつもりでいたよ。」

彼女はマスク越しにフフッ、と笑った。その笑顔も、もう見慣れたものだ。

「実はさ…クラスの女子友達と行こうと思ってたんだけど、中々予定が合わなくて。みんなサークルに入り始めていて、それどころじゃないんだって。」

「なるほどね。まぁ学校終わりにサラッと行こうぜ。」

「うん、楽しみにしてるね。」

彼女は「楽しみだな」と小さく反芻した。僕も「楽しみだね」と言った。


僕は彼女と過ごして、生活が変わった。コミュニケーション能力が微力ながら身につき始めたのか、周りから「明るくなったね。」・「松原って、結構喋るんだな!」と言われるようになった。前なら抵抗を感じて周りとの距離を取ろうとしていたが、今の僕はそう言われることは嫌ではなかったし、周りとの繋がりもできたお陰で授業も楽しくなった。

「松原、お前、どうやってそんなに変わったんだ?」

ついには西島にも、そう言われるようになった。

「別に、何もしてないよ。」

僕はそう答えてはいたが、常に頭の隅には彼女の存在がいた。彼女と過ごす時間は、僕自身が変わるキッカケになった。瀬戸のことを除けば、特に変えた生活リズムもない。もしキッカケがあったとすれば、それは確実に彼女との時間だ。

「あ、そう言えばさ」

西島はスマホを取り出した。「今年の授業が終わる週に公開される映画があるんだけど、良ければ一緒に行かないか?」

僕はハッとした。「それって、こういう映画だったりするか?」

なんとなく知っている、という体で、僕は瀬戸から聞いた映画の情報を話した。西島は、段々目を輝かせていった。

「そうそう!松原、お前も知ってたのか。」

西島はズイ、と僕との距離を詰めた。「一緒に行かないか?」

僕は「あぁ…」とスマホを見て答えた。「…実はその映画、別の友達と行く予定があるんだよね。」

「マジか!…まぁ、最近の松原、結構コミュニティ広がったもんな。」

「すまんな。また冬休みに入ったら遊ぼうぜ。」

「おう、了解!」

僕はホッとした。大丈夫、怪しまれていないはずだ。ちゃんと理由を受け入れてくれた。

それと同時に僕は、「もし同じ場所で出会ってしまったらどうしよう」という不安にもなった。大学終わりに簡単に行ける映画館は1つだけあり、そこが大学の学生が愛用する場所になっていたからだ。

ただ、映画の公開時間は沢山ある。その複数の時間で被ることはないだろう。そう僕は自分に言い聞かせた。


そして時は早く流れ、映画を観に行く日になった。

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