第19話
「あの時は、幸せを奪われた気持ちになった。」
瀬戸が全てを語り終えた時には、もう外は暗くなりかけていた。僕と瀬戸はすっかり暗くなった外の景色を見ながら、各々飲み物をおかわりした。普通ならもう帰宅する時間だが、「もう少し話そう」という雰囲気が辺りを包み、僕達は帰ろうとはしなかった。
僕は予想だにしない衝撃的な話を聞き、どう彼女に声を掛けたらいいか分からなかった。彼女達は何も悪いことはしていないのに、たった一つの出来事で周囲から拒まれ、生まれ育った場所を離れる運命になってしまった。僕がどうこう言える立場ではないが、納得がいかない。
「そんな怖い顔しなくて大丈夫だよ。」
気づけば、僕はとてつもなく怖い顔をしていたらしい。彼女はハッとした僕を見てフフッ、と笑った。その表情には寂しさや悔しさ、悲しさが感じられる。
僕は彼女と向き合い、言葉を選びながら慎重に言った。
「実際に僕は見ていないから、詳しいことは分からない…でも、瀬戸達は何も悪いことをしていない。これからは、もっと胸張っていいと………僕はそう思う。」
彼女は、一瞬とても驚いた表情をした。が、次の瞬間には彼女らしい柔らかい表情になっていた。
「そんなこと言われたの、初めてだよ…ありがとう。」
「お、よかった。」
僕は、ちょうど届いた二杯目のコーヒーを飲んだ。まだ注いだばかりのそれは、とても温かい。
「私ね…辛い経験が、今の私を作ってる気がするんだ。もしこのことを経験していなかったら、生きててもっと辛いことがあった時に、その痛みに耐えられなくなっていたかもしれない。ただ…傷つくだけの痛みを経験するのは嫌かなぁ。」
「!」
彼女の言葉は、僕の気持ちに寄り添うように優しく響いた。僕は自分の人生を振り返った。僕の経験したことも、「痛み」を知るために必要なことだったのだろうか。もしそうだと考えることができれば、僕の心も少しは晴れるのだろうか。
「僕も…瀬戸ほどではないけど、辛かった出来事がある。」
「うん。」
瀬戸は、小さく頷いた。「それが松原くんにとっての「痛み」だったんだね…やっぱり私と松原くんは、同じような人間なのかもしれない。」
「そうだな。いや、絶対そうだと思う。」
「…これって、お互いがお互いに同情しているから、似たように感じるのかな。」
瀬戸は、窓の景色を眺めながら呟いた。その声は、かろうじて僕に聞こえたぐらいにか細い。
「…分からない。だけど僕達は、似た者同士で気が合うってことは確実だよ。」
僕はなるべく、考えすぎないようにしようと努めた。この複雑な思いを考えすぎるのはよくない。
「私達はさ」
瀬戸はそこで一旦言葉を区切り、逡巡してから続けた。「お互いにとって友人Aだよね。」
「友人A?」
「そう。小説の登場人物で、主人公の周りにいつもいる一番の友人…みたいな。自分自身はあまり動くことはないけど、主人公の感情の動きに合わせて行動する親友みたいな。」
「なるほど…面白いな、それ。」
僕はカフェに来て初めて歯を見せて笑った。「友人Aだな、僕達は。」
僕達はまもなく、長時間い続けたカフェを出た。やっと出た外は肌寒く、一瞬にして鳥肌が立った。
「寒いね。」
「うん、寒いね。」
「それじゃ、松原くん…またね。」
「うん、またね。」
僕達は普通に会話を交わし、そのまま夜の道を進んだ。
『お互いにとって友人Aだよね。』
瀬戸の発した言葉は、僕の頭にずっとこびりついて離れなかった。
友人Aは、物語の中で特に日に当たることもなく、主人公からその気持ちを悟られることも少ない。
つまりは、好きになっても報われない訳で。
僕と彼女はずっと交わることがない。
「…瀬戸の「友人A」になろう。」
僕の呟きは、誰にも聞かれず夜の空に消えて行った。
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