第18話


彼女は、生まれは九州の方だが、すぐに千葉県に引っ越して育った。僕とは違い、彼女は千葉県北部の栄えている方面に住んでいた。周りには田んぼよりも大きな駅やアウトレットモールが多くある場所で、一家は駅からそう離れていない場所でアパート暮らしをしていた。当時、彼女の両親は教師として市内の中学や高校で教えていた。(その教育者としての熱かどうかは分からないが、)彼女や四つ下の妹は、小さい頃から「勉強を一番に考えなさい」と言われ、暇さえあれば勉強に関する本を読んだり、ドリルを行ったりした。多少厳しい面もあったが、彼女達は勉強熱心な親の言われたことを続けるほかなかった。(今思えば、それは勉強習慣をつけるのに良かったと瀬戸は言った。彼女と妹は、両親のお陰で成績は良かったらしい。)彼女は、そんな(瀬戸が言うに)いい塩梅の両親から色々と教わり、普通の愛情をもらい、都会じみた場所でずっと育った。

彼女が小学校高学年になったあたりで、両親は教師の仕事が忙しくなり、夜遅くまで帰ってこないことが多くなった。

「ごめんね。これからは、学校が終わったらおばあちゃんの家に帰ってね。」

そう両親に言われた彼女と妹は、学校終わりに母方の祖母の家に通うようになった。祖母の家は少し離れている田舎の方にあるが、小学校からあまり離れていない所にあり、学校終わりに行くには最適の場所だった。しかもその家は一軒家で、彼女自身が住むアパートとは全く違う環境だった。

世の中には、「都心に住んだ方が便利」と言い張る人間が一定数いる。が、瀬戸はその逆を考えた人間だった。何もかもが栄えている場所と違う場所を見たことで一気にその魅力に気づき、彼女は泊まりで祖母の家にいるようになった。のどかな自然や田舎の落ち着いた雰囲気は、今まで勉強ばかりで都心の喧騒に囲まれていた彼女の心を癒した。枯れそうな花が、水を与えられて元気を取り戻すように、瀬戸もまた、田舎にいることで元気になっていった。

ただ、その癒しの生活も長く続かなかった。瀬戸が中学を卒業する手前で祖母が認知症になり、施設に入ってしまったのだ。

「症状が進行していると思われるので、もう家には帰れないかもしれません。」

医者は彼女の家族にそう言った。実際、祖母は前々から忘れ物が酷かったり、彼女の名前がすぐに出てこなかったりすることがあった。

彼女の母親は、「この家を使う人はいなさそうだけど、取り壊したくない」と言った。瀬戸もそれに賛成だった。祖母の家はかなり昔に建てられたものだったが、それなりに綺麗で部屋数も多くあった。建てられた当時は、かなり立派なものだったらしい。

「じゃあ、アパート暮らしをやめて、ここで僕達が暮らそう。」

提案したのは彼女の父親だった。「ちょうど教員生活がブラック企業と同じぐらいの多忙さで、転職を考えていた。これからは家族の時間を大切にしたい」と。

そこで、家族はアパートを引き払い、瀬戸が高校に入学するタイミングで移り住み始めた。

そして、気づけば話はとんとん拍子で進み、両親はシェアハウスを経営し始めた。彼女は学校に通いながら、休日はよくシェアハウスの手伝いをするようになった。幸いなことに、シェアハウスの住人になりたいと思う人は多く、いつしか彼女の高校の友人も、そのシェアハウスに集って話すようになった。


「あの時が一番楽しかったんだ。」

瀬戸はそこで一旦話を区切り、僕にそう言った。「一人で留守番をしていた時とは違って、どこにいても友達や親、シェハウスの住人の人達と接することができて楽しかった。」

僕は、その過去形の文章に違和感を覚えた。

「今はもうやってないんだよね…?」

彼女はコク、と頷いた。


シェアハウス生活が始まって2年弱…彼女が、高校2年の冬を迎えようとしていた時期のことだった。

放課後、図書館での勉強を終えて学校から帰ると、家の周りに十人程の大人が集まり、両親と何か話をしていた。時間はもう夜8時を過ぎており、外はとても暗かった。この時間帯にお客さんが来ることは珍しい。

経営関係の話なのか?…彼女は邪魔をしないよう、静かに家の方へ足を進めた。が、大人が集まっている玄関から入るのは難しく、彼女は家の裏にある簡易玄関から入った。

「ただいま…!みんな、どうしたの?」

彼女は、普段と違う様子に驚いた。この時間は各々好きなことを行い、ワイワイとにぎやかな空間に包まれているのが常だ。それなのに今日は、全員がひっそりと静かにしている。

「あぁ、夕ちゃん。」

この家に住む二十代のお姉さんが言った。「今は表に行かない方がいいわ。警察が来てるの。」

警察?…その言葉だけで頭はいっぱいになった。「お母さんとお父さんが何か悪いことでも?」

「ううん、そんなじゃないよ!」そのお姉さんはそこまで言って、一度言葉を区切った。

「…あのね。ここに住むおじいちゃんがいたでしょ?」

瀬戸は即答で「うん」と返す。シェアハウスは、二・三十代の人達が多かったが、その中で1人、六十代のおじいちゃんがいる。

「その人が、コンビニで万引きしちゃったらしいのよ。」

「万引き?」

「うん…私も詳しいことは分からないんだけど、とりあえず警察の人が捜査で来ているみたい。」


数十分後、ようやく大人の軍勢は帰っていった。両親は疲れ果てた様子で、瀬戸と彼女と話していたシェアハウスの人達がいるリビングに来た。

「迷惑をおかけしてすみません。」

両親はすぐさま住人達に謝って、続けた。「今回のことに関して、警察の方々とお話していました。とりあえず、住む方に影響は一切ないです。安心して下さい。」

彼女は、何度も頭を下げた両親と「大丈夫ですよ」と言うシェハウスの住人のやりとりを聞き、まだ平和で楽しい暮らしは続くものだと信じた。

ただ、その次の日から、今回の問題の情報を聞きつけた近隣住民が「万引き犯をかくまった。」とシェアハウス自体を批判をするようになった。そして夕は学校で友人達から距離を取られるようになっていった。

「親から今回のことを聞いたの…夕は決して悪くないんだよ。だけど、親が近づくなって言ってきて。」

そう言ってきた友人は、何人もいた。その度に彼女は「そう。」と言うしかなかった。

それからシェアハウスを辞めるまで、時間は掛からなかった。瀬戸一家は千葉県から離れ、埼玉県のアパートで生活し始めた。そして大学進学をキッカケに、瀬戸だけ東京に上京してきたらしい。

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