第17話


次に僕が瀬戸と会って話したのは、もう11月も終わりに近い日だった。

課題を行うためにカフェに行くと、カウンター席で寒そうにカーディガンを羽織り、外の景色を見ながら紅茶を飲む瀬戸を見つけた。

「瀬戸。」

彼女は仕切られた透明な壁越しに僕を見つけ、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに柔らかい表情になった。「久しぶりだね、松原くん。」

僕は、自然と彼女の隣に座り、店員にいつものコーヒーを注文した。

彼女に会ったのは、秋学期が始まってすぐに会った時以来だった。以降、僕はカフェをかなり利用していたが彼女に会うことはなかった。もしかしたら、彼女は本当にカフェに来ていなかったのかもしれない。

僕達はしばらくの間、お互いの様子を窺うように黙っていた。僕は、つい先日考えていたことを思い出していた。改めて瀬戸と会ってみると、より余計なことを考えそうになった。が、幸い僕の持つ経験が「それ以上進まないように」と、思考を変な方向に行かせないので、彼女の隣でも冷静でいることができている。

瀬戸は、いたって普通だった。自分から「知りたい」と言っていたものの、隣で何とも思っていないような表情をして紅茶を飲んでいた。

「…どうしたの?」

僕は瀬戸の方をしっかり向いた。「いや、何もないよ」

「なんか、凄く緊張しているように見えたから、何かあるのかなって。」

僕は返答に困って、一瞬黙った。「…知りたいって、どんな意味なのかなって」

「え?」

バカだ。とてつもなくバカだ。穴があったら入りたいとはこのことだ!

「いやいやいや、なんでもない。」

僕は顔の前で両手を思いっ切り振った。瀬戸はしばらく不思議そうな顔をしていたが、すぐに何のことか分かったらしく「あぁ」と納得した表情になった。

「一旦、落ち着こう?」

僕は深呼吸をした。「よし、大丈夫。」

「…素直に私はそう言っただけだよ。」

瀬戸はふふっ、と控えめに笑った。

「私は、松原君のプロフィールを知ってみたいんだ…別に特別なことを知りたいってわけじゃないよ。好きな食べ物とか飲み物、あとは好きな小説とか…そういう小さなことを知って、友達として色々親睦を深められたらなって、そう思ったんだ。」

「僕のプロフィールか。」

彼女はしっかりと頷いた。「そう、松原くんのプロフィール。」

僕は彼女の言葉を心の中で何度か繰り返し、『友達として』という言葉にハッとした。彼女は、僕のことを「友達」と言った。彼女は「友達として」僕を本当に知りたいと思っているのだ。

「友達として、か。」

「うん…あれ、もしかして私、変なこと言った?」

僕はまた慌てて顔の前で手を振った。「いやいや、なんでもない。」

これ以上、変に焦ることはしたくなかった。心の声とはいえ、さっきから声に出過ぎている気がする。僕は、ちょうど店員が運んできたコーヒーを一口飲んだ。その効果で、少しだけ冷静に戻れた自分がいた。

「…別に、質問されたことには答えるよ。」

「ほんと?…じゃあ、第一問。好きな食べ物はなんですか?」

テストみたいだな…と思いながら、僕は頭を働かせる。

「…オムライスかな。あとは、ねぎとろ。」

「洋食と和食がこんがらがってるね。」

「瀬戸は?」

「私は…タピオカジュース全般!」

「飲料もアリかよ。」

僕達はお互い目線を合わせた。そしてほぼ同時に笑った。

「くだらないね。」

「うん、くだらない。」

僕達は各々の飲み物に口を付け、一旦落ち着いた。

今しているのは、至極しなくてもいい会話だ。それなのに、どこかそれを楽しんでいる自分がいた。くだらない事柄は好きな性格ではなかったが、この時間はとても楽しかった。

瀬戸は「じゃあ」と話題を変えた。「次は、松原くんから質問してみてよ。」

「そうだな…瀬戸の家族構成が知りたい。」

「急にプライベートな質問だね。」

瀬戸はそう言いつつ、四人家族だと教えてくれた。父、母、そして四つ下の妹がいるらしい。

「実家は、前にシェアハウスをしていたの。」瀬戸は続けて言った。「色々あっておばあちゃんの家が空き家寸前になっちゃって。そこで小さなシェアハウスを経営して、色んな人と住んでたこともあるんだ。」

「シェアハウスって、いいな。常に人がいる生活も楽しそう。」

常に人がいる状態は疲れそうな気もするが、楽しそうだ。「いつか大学の友達も呼べるんじゃないか?」

瀬戸は大きく頷いた。が、少し表情を曇らせた。「うん、そうだね…今はやってないんだけど、またそのうちできたらいいな。」

瀬戸は、どこか遠くを見つめて、悲し気な表情を見せた。きっと、そこで何か思うことがあったのだろうか?…いや、それを聞くのはやめておこう。あまり干渉しない方がいいかもしれない。

「そうか。」

僕は当たり障りのない言葉を掛けて、そこから黙っておいた。

「…聞いてもいいよ。」

「え?」

瀬戸から返ってきたのは、意外な一言だった。

「いや、まぁ特に気にならないし…瀬戸も話しづらそうだったし。」

本当は気になる。ただ、そのプライベートな所に突っ込むのは、多少の勇気がいる。

「面白くはない話だけど、全然話しても問題ないよ?」

「……じゃあ、聞こう。」

僕は残ったコーヒーを一気に飲み干した。苦さが口に広がり、冷静になる。

その様子を見た瀬戸は、自分も紅茶を飲むとポツリポツリと、彼女自身の話をし始めた。

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