第15話
瀬戸から発せられた謎の発言から一週間後。
僕は、またしても遅刻の連絡をしてきた西島を待つことなく、一人で先に教室へ向かった。
あの出来事があってから、僕はまともに瀬戸と顔を合わせられなくなっていた。彼女の顔を見ると、あの日の彼女の言葉や表情、また寒かった教室の様子までもが鮮明に思い出された。一種の呪いにでも遭ってしまったような気持ちだ。
僕はアパートから大学までの短い道のりを、ゆっくりゆっくり歩いた。もし、今日もまた教室に彼女が一人だけでいたらどうしようかと思案した。が、いい案は思いつきもしなかった。
大学の校門を抜け先週と同じ教室に向かうと、そこにはやはり彼女がいた。そして、彼女は一人だった。
「デジャヴ。」
僕は、教室に入るや否やそう言った。いや…正しくは、言葉を発してしまった。
「え?」
目の前にいる瀬戸が、先週と同じように後ろを振り向いた。その途端、視線がしっかりと重なった。
僕は「あぁ、いや」と言葉を濁した。「先週も一人でいたから、同じだと思って。」
「なるほど!」瀬戸は納得したような表情を浮かべた。「今日も西島くんは遅刻なんだね。」
「うん、そうみたい。」僕はそう反応し、いつも座っている机に荷物を下ろした。
そして彼女もまた、それ以上は何も言わずに静かに授業の準備を始めた。
授業終了後、僕は先週と同じように西島と合流し、大学近くのコンビニでおにぎりを購入して食べた。
「最近、よく起きれなくてさ。ごめんごめん。」
「起きれなさすぎだろ。そろそろ単位落としそうなんじゃないのか?」
「いや、あとまだ二回…二回分は猶予がある。」
「そういう問題かい!」
僕と西島はおにぎりを食べながら笑った。先程過ごした瀬戸との少し気まずい時間と比べて、こちらの方が圧倒的に楽だ。
やっぱり、友情は一番こじれなくていいな、と僕は心の中で思った。
「あ、そういえばさ」
西島はおにぎりを食べ終わり、PCを開けた。「お前、今週末空いてるか?」
「おう、空いてるけど」
僕が即答すると「おっ、さすが!」と嬉しげな反応が彼から返って来た。
「実はさ…感染者数が落ち着いてきたから、学年の中で集まれるほんの少しの人達で遊ぼうって話が出てるんだけど、松原も来ないか?」
「まじで。」
僕は驚いて西島を見た。「…僕、西島ぐらいしか知っている人いないけど。」
嘘だ、本当は瀬戸もいる。が、彼女の名前を出すと説明が面倒だったので、やめた。
「いや、それがさ。学年の人で、松原と話してみたいって人がいるんだよ。」
「僕と?」
「そうそう。俺と同じクラスのヤツなんだけどさ。」西島はそう言うと、少し声のトーンを落とした。「しかも女子だ。」
僕は軽く衝撃を受け、一瞬体が固まった。そして、先週も似たようなことを誰かに言われたな、と思考が瀬戸の方に流れた。
『松原くんのことが知りたい』
僕は、瀬戸のことをどれぐらい知っているのだろうか。学部・学科は同じで、自分と同じく一人暮らしをしている。あとは…?
「―――ばら?松原!」
ハッ、と僕は現実世界に引き戻された。「あれ、何か言ったか?」
「今週末、一緒に行くかって話。」
「あぁ…そうだな」
僕は自分のスマホのカレンダーを出した。確かに、今週末は空いている。別に西島と一緒なら、行けないこともないだろう。
「…やっぱ予定があったわ」
僕はしっかり嘘をついた。
「ほらほら逃げない。せっかくのチャンスだぞ?」
案の定、西島はニヤニヤして僕のことを見透かしたように見てきた。マスク越しからでも、そのニヤニヤとした表情が分かる。絶対に面白がっている。
「いや、あのさ…」僕は、当たり障りのない言葉を考えた。「僕さ、そういう男女の関りとか、興味ないんだ…僕には西島はいてくれれば十分。」
「まじ!松原って意外と熱い男なんだな。」
ニヤニヤした彼の表情は、一転、驚きの表情に変わった。「そういう熱い男、好きだぜ。」
「お、おう。」
僕は彼の偽告白をさらりと流し、おにぎりのゴミを片づけPCの電源を入れた。とりあえず、これで難は逃れた。
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