第13話


『すまん、今日の授業遅刻しそうだから先に大学行っててくれ。』


とある日の朝、僕はメッセージアプリの通知音で起床した。

布団から起き上がり机のデジタル時計を見ると、時刻は朝の7時半をさしている。きっと、この時間の連絡は西島からだ。

『すまん、今日の授業遅刻しそうだから先に大学行っててくれ。』

今月で何回目だよ、と僕は思いながら、『なるべく早く来いよ』と返信した。最近、西島はよく遅刻や欠席をするようになっていた。多分、新入生ならではの緊張感がなくなったのだろう。

実家から1時間以上かけて通う人は大変だな。と思いながら、僕はいつものように支度をして家を出た。


今日は珍しく冷え込んでいた。ニュースアプリでは「12月上旬並みの気温」と載っており、僕は珍しく重ね着をした。普段は一枚で済む服を好むのだが、冬服がそんなになかったので、そうするしかなかった。

「寒っ。」

思わず僕は独り言を呟き、ポケットに手を入れた。西島もおらず一人でいるからか、余計に寒さが感じられた。

『…松原くんは、冷たいんだよ。』

毎年、冬が来ると自分の苦い恋の断片を思い出してしまう。そう言えば、あの日もこのぐらいの時期だった。少し冷え込んでいたのに加え、追い打ちをかけるように雨が降っていた。

「…早く大学行こ。」

僕は、全てを無視するように足を速めた。


大学の教室に行った僕は、その教室の中で一人、寒そうな人を見つけた。

「…瀬戸。」

気づけば、その人の名を口にしていた。

「松原くん…おはよう。」

瀬戸は大きな講義室にたった一人でいた。僕は瀬戸の3列程開けた場所に腰を下ろし、瀬戸の服を見た。彼女もまた僕と同じような重ね着をしていた。

「西島くんはいないの?」

「あぁ、なんか遅れるみたいで。」

「そうなんだ。」

瀬戸は、朝で頭が回っていないような、どこか気の抜けるように言うと、そのまま前を向いてしまった。

僕もそのまま、授業の準備をしようと机に向かった…が、どこか気になって前に座る瀬戸の方を向いた。

「…最近は、カフェに来てないの?」

「え?」

瀬戸は、勢いよく後ろを振り返り、再度僕と視線を合わせた。

「あぁ、最近会ってないよね。」

瀬戸は一度視線をそらした…が、すぐに僕の方を向き直った。「うん、ちょっとね。」

僕は、その曖昧な返答に「あぁ…そう。」としか言えなかった。こういう曖昧な時、どう答えるのが正解か、未だに分からない。

「あ、いや隠しているつもりじゃないよ!」

困った様子を悟ったのか、瀬戸は少し焦って言った。「ただ、特に理由もない、というか…」

「なんとなく?」

「そう、なんとなく。」

「そうなんだ。」

僕は、うんうんと頷く瀬戸を見た後、「まぁ、また会えたらいいね。」と言って視線を机に戻した。

なんで、こんなことを聞いたのだろうか。自分でも、分からなくなった。

別に瀬戸と会う約束などはしていない。だとすれば、瀬戸と会わなくなったのはおかしいことでは全くないのだ。

僕は軽く頭を抱えたくなった。変なことを聞かなければよかった。

「あのさ!…松原くん」

「はいっ!」

突然の瀬戸の呼びかけに、今度は僕が焦る番だった。「ど、どうした?」

瀬戸は、一度僕の方を向いて黙った。そして、「う~ん」と視線を逸らして曖昧な言葉を発した…かと思えば、急に顔をあげて言った。


「私さ、もっと松原くんのことが知りたいんだよね、面白いし。」


「まじで。」


僕は一瞬、呼吸も忘れて瀬戸を見た。

「う、うん。別に変な意味じゃないよ。」

瀬戸は補足のように言った。「変な意味」とはどんな意味なのか分からないが、とにかく、彼女は普通に「僕のことを知りたい」みたいだった。

僕は、逡巡した。が、この言葉に返答するいい言葉は思いつかなかった。それでもどうにか返答しなければと思い、頭を絞りに絞った。

「えっと…まぁ、ありがとう。面白い、って言われたことなかった。」

「急に変なこと言ってごめんね。あんまり深く考えないで。」

瀬戸はカフェで話した時に見せた柔らかい笑顔を見せ、今度こそ前に向き直った。

僕は彼女の背中を見ながら、さっきの言葉を心の中で反芻した。


『松原くんのことが知りたいんだよね』


瀬戸には『面白い、って言われたことなかった。』と言ったが、むしろ印象に残っているのはその前だった。僕は軽く頭を掻いた。人からそう言われるのは、今までの人生で初めてだった。

知りたい。

その言葉は、どういう意味なのだろうか。少し考えたが、その言葉の真意は全く掴めなかった。

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