第10話
日々は早く過ぎ去り、気づけば少し寒い季節になっていた。
僕達学生は、やっと長い夏休みが明け大学が再開した。僕は再開する数日前に東京へ戻り、一人暮らしをするための準備をした。
約二カ月ぶりに入った部屋は、時間が止まっているように見えた。家を出る前に干した洗濯物が、時間の経過をを物語るようにカピカピになっていたし、使っていた扇風機には薄くホコリが溜まっていた。僕は簡単な掃除を行い、何もない冷蔵庫の中を埋め、足りない秋服を買い足し、何回か大学の友人と連絡を取った…取ったと言っても、西島と瀬戸だけだが。
某感染症は収まっていないのに、大学は対面を増やした。そのお陰で、僕は平日のほとんどを大学で過ごさなければならなかった。結局、履修登録はなんとか乗り越えたが、挑戦として申請した科目は多く外れた。僕は当たった科目から適切なものを選び、無理のない範囲を考えながら登録した。金曜日が若干ハードになってしまったが、その分月曜日は全休なので頑張れる気がする。
授業開始の日、僕はいつもは気にしない服装に気を使い、忘れ物がないか数回確認した後アパートを出た。
大学の講義室に向かうと、そこには「夏休み何してた?」という話題で持ちきりだった。僕はその輪に入らず、空いていた近くの席に腰を下ろした。そのまま、パソコンの電源を点ける。
「よっ、松原。」
僕は、いつかの時に電話で聞いた声の方を向いた。
「久しぶり、西島。」
西島は、一つ空けて僕の隣に座った。某感染症のせいで、隣には座ることができないのだ。
「夏休みは電話とかして楽しかったわ。また秋学期もよろしくな。」
西島はマスク越しに笑った。僕も頷く。
奇跡的に、僕は西島と全く同じ科目を履修することになっていた。授業内でのクラスは多少違うものもあるが、取っている科目自体は同じなので、同じスケジュールになっている。
同じ科目を取っている人と親しいと、どことなく安心することができた。履修に関して誰とも相談せずに決めた僕にとって、その安心感は大きい。まるで「お前は間違っていない選択をした。」と裏付けてくれている感覚だ。
「なぁ…もしよければさ」
西島は僕の目を再度見た後、「今度から、一緒に飯食べないか?」と様子を伺うように聞いてきた。
「は、え、ご飯…?」
「俺、授業の間で実家までは帰れないから、どこかで昼飯食べないといけなくてさ。どうせ同じ科目だし、松原も昼飯食べるだろ?一緒に食べた方が上手いと思って。」
僕はそこで、やっと「そういうことか」と合点がいった。
オンライン授業が多かったので当たり前だが、僕は大学に入学して誰とも一緒にお昼ご飯を食べたことがなかった。大学の空き時間で家に帰るのは可能だったし、その方が食費を抑えることができたので、特に困ったことはない。
「…ごめん。僕、空き時間にアパート帰っちゃうから…その」
「あぁ、そうか。松原はここから近いもんな。そしたらまた、いつか一緒に飯食べような!」
僕はこの瞬間、一抹の後悔を抱えた。トラウマになっている「冷たい」の一言が、重くのしかかる。
このままではいけない―――そう思った時には、次の言葉を言っていた。
「あのさ。もしよければ僕の家で食べないか?」
午前中の授業が終わった後、僕と西島は一緒にアパートへ向けて歩き出していた。
「いやぁ、まさか松原が来いよって言ってくれるとは…ありがとう!」
西島は終始上機嫌で、僕の後をついて来ている。
僕は、自分の冷蔵庫の中身を思い出していた。口走って言ったはいいものの、どうするべきか。ちょっとした野菜と卵があるから、それを炒めて一品作ればいいか。それとも冷凍したご飯を温め、軽食としておにぎりを出すか…友達を家に上げたことがない僕は、その容量が分からなかった。
もっと考えたいと思いながらも、徒歩圏内のアパートにはすぐに着いてしまう。僕は「202」と書かれた部屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。別に一人暮らしで物が多くないので、いつでも友達は呼べるようにはしてある。
「お邪魔します!」
西島はやけに元気だった。実家暮らしな分、一人暮らしに憧れているのだろうか。
…そんな僕の疑問は、一瞬のうちに解決した。
「いやぁ、俺も一人暮らししたかった!一人で生活することは憧れるな!」
…彼は一人暮らしに憧れを持っている。
「適当に作るから、座ってていいよ。」
僕はアパートに持ってきていた座布団を勧め、自分はキッチンに立った。そして冷蔵庫から玉ねぎとにんじん、卵を取り出し、野菜炒めを作り始める。
「春学期、松原はずっとこうして一人でいたのか?」
トントン、とリズミカルな音が響く中、西島が座りながら聞いてきた。
「うん。そうだよ。」
「そうなんだ…寂しくねぇの?」
「寂しい、か。あんまり考えなかったかも。」
「凄いな。俺だったら寂し過ぎて、友達をめっちゃ呼ぶぞ!」
西島はその後、寂し過ぎてしおれる~、と謎のボケをかました。僕は切った野菜をフライパンに入れながら、声を出して笑った。
結局、僕達は野菜炒めもおにぎりも食べた。その間、西島はとにかく「上手い!」と言い続け、それはまた僕を笑顔にさせてくれた。一人で食べるご飯より、やっぱり友人と食べる方がずっといい気がした。
「さっき、大学で聞いてくれた時は悪かった。これからも食べよう、一緒に。」
「全然気にしてないよ。これからもよろしくな!」
西島は、今日何度目か分からない笑顔を僕に向けた。マスクをしていないその輝かしい彼の笑顔を、僕は初めて見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます