第7話
夏休みの間、大学からはレポート課題が1つ出されただけで、あとは何もなかった。中学や高校の時と同じ感覚でいた僕は、その課題の出なさにとても驚いた。が、それはそれで好きなことに費やせる時間が多いと思い、大学生最初の夏休みは、意気揚々と過ごそうと決めた。
ただ、某感染症が僕の自由な休みを邪魔するかのごとく拡大した。そのお陰で僕は、帰省したにも関わらず、地元の友人や親戚と会わずに家で籠りっきりの生活をしていた。レポート課題も大方の内容は決めていたので、1日で終わってしまった。僕はいよいよやることがなくなり、ボーっとした生活を送っていた。
約2カ月ある夏休みも、残すところあと1カ月となったある日。
パソコンでネットサーフィンをしていた僕は、自分のスマホが大きく音を立てて震えているのに気づいた。見ると、メッセージアプリの通知だった。
『夏休み中ごめんね。質問があるので、電話してもいい?』
僕は、そのメッセージの送り主を見て驚いた。
送り主は、瀬戸だった。
『ごめんね、いきなり。』
開口一番、瀬戸は僕にそう言った。
「いや、別に大丈夫。暇してただけだから。」
僕は、右耳をスマホに押し当てながら、パソコン画面を閉じた。異性と電話をしたことはあるが、まだ何度か会って話をしたことのない瀬戸との電話は、緊張する。
『あのさ、夏休みの履修登録の期間って分かったりする?』
瀬戸は申し訳なさそうにそう言った。なんでも、大学で掲示されていた履修登録関連のページが分からないらしい。
「あぁ、あれか…そこで掲示されてた部分は、全部写真撮ってあるけど、それ送ろうか?」
『ホント!お願いします…本当に助かる!』
瀬戸の声色が明るくなり、なぜか自分も嬉しくなった。
「いいよ。これ切ったらすぐ送るわ。」
『ありがとう。それじゃ、また。充実した夏休みにしようね。』
プツッ、と電話が切れた瞬間、僕は自分の世界に戻った感覚があった。すぐにスリープ状態のパソコンを立ち上げ、瀬戸に頼まれた写真を送った。
瀬戸からはすぐに返信が来た。無料でもらえるスタンプで、「ありがとう」の文字が入っていた。既読で済ませるのもアリだったが、僕も別の無料スタンプを送った。
瀬戸は、この夏休みをどう過ごしているのだろうか。地元の友達や親戚とは会っているのだろうか。家族とは外出しているのか。また、何か勉強に打ち込んでいるのだろうか…どちらにせよ、同じ学生の夏休みの過ごし方は気になった。それでも、「夏休み、何してる?」と急に聞くのは変なので、とりあえずは聞かないでおこうと思った。
そう思っているうちに、僕のスマホは再度音を立てて震えた。
僕はメッセージアプリを開いた。
『松原ー、夏休み何してる?』
僕は、思い浮かべていた文章がそのままきたことに驚いて、一人で笑った。送り主は、西島だった。
「どうした?」
僕は、電話の主に開口一番そう言った。結局僕は、瀬戸の後に続けて西島と電話をしている。
『いや、夏休みなにしてるかなと思って掛けてみた。』
「何もしてないよ。」
『それは俺もだ。都心部は暑いし感染者数が多いし出歩けない。』
西島はつまらなそうに言った。西島は生まれも育ちも神奈川で、大学へは実家から通っているらしい。夏休み前の授業の時は、一人暮らしをしている僕を羨ましがっていた。
『松原は、千葉県に帰ってるんだよな?』
「おう。」
『それってもしかして、ディズニーから近いのか?』
「いやいや。完全に反対方向だよ。チーバ君の足の部分。」
『チーバ君…?それってゆるキャラか?』
僕は驚いた。同じ関東圏に住む人でも、千葉県のキャラクターを知らない人はいるらしい。そして、「千葉県=ディズニー」のイメージは変わらないみたいだ。
ふと、瀬戸のことを思い出した。彼女とも同じような話をした。自分が千葉県出身だと伝えると、彼女の口からチーバ君というワードを出てきた。彼女は、どこ出身なのだろうか…ふと、僕は自分が出身地を聞いていないことに気づいた。今度会った時は、聞いてみよう。
『千葉県の南の方は、一体何があるんだ?』
「南の方は、観光施設が少しあるぐらいかな。あと、道の駅がある。」
『道の駅?』
「うん。道の駅の数が日本一だから。」
僕は、数年前に見た回覧板の情報を伝えた。
『へぇ~、ドライブとかしたら楽しそうだな。』
「うん。西島は免許持ってるの?」
『いや、持ってない。二年の夏ぐらいでいいかなって。』
松原は?、という西島の問いに、いや、と答える。
「田舎だと車が必須だから、高校卒業前に取っておいた。」
『え!じゃあ車乗り放題じゃん。』
「まぁね…でも、特にする用事はないからしてないよ。」
僕達はその後も、ただ暇な時間を潰すように喋った。そして、西島が親に呼ばれたタイミングで電話を切った。気づけば二時間程話していた。
大学の友達とここまで長話をするのは初めてだった。自分が「大学生」という時間軸を生きていることが感じられた気がした。
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