第4話


カフェは、アパートから徒歩5分の所にある駅中にあった。外から見ると、平日の昼間だからなのか、どこか人は少なく閑静としていそうだった。僕は店に入ると、すぐ近くのカウンター席に腰を下ろした。それに気づいた店員が、水とおしぼりを持ってきてくれる。

「あ、このまま注文していいですか…ブラック1つと、春の桜パフェを1つで。」

僕は、机の上に挟まれているチラシに書かれていたパフェとコーヒーを注文した。わざわざ脇にあるメニュー表を開くのは面倒だったし、早く美味しいものが食べたかった。

店員は注文を取るとすぐにキッチンへ行った…とほぼ同時に、僕がチラシで見たパフェを持ってきた。おいおい、待ち構えていたにしても早すぎだ。

が、次の瞬間に店員は僕の隣にいた人に声を掛けていた。

「お待たせいたしました、春の桜パフェです。」

「あ、ありがとうございます。」

店員はマスク越しでも分かるぐらい笑顔でパフェを置いた。感染防止のために置かれたアクリル板で見えづらいが、受け取った人は女性のようだった。少したどたどしく返事をすると、肩上まで伸びた髪を耳に掛けていた。


僕は、その雰囲気と仕草に見覚えがあった。

そして、その女性も視線を感じたのか、僕の方を恐る恐る見てきた。


視線がぶつかり合う。


「…瀬戸さん、ですか?」「…松原くん、ですか?」


次の瞬間、僕達は互いの存在を確かめあっていた。

「本当、偶然だね。」

先に口を開いたのは、瀬戸の方だった。

「ここの近くに住んでいるんですか…?」

「あ、はい。」

僕は急な質問にどぎまぎしながらも、答える。

「瀬戸さんもですか?」

「あ、はい…ここから徒歩5分くらいなんです。」

その途端、僕は思わず「僕も徒歩5分です。」と返しそうになった。が、いくら同じ学部学科でも、ストーカーのような偶然を生み出してはいけなさそうで、言うのをやめた。

「お待たせしました~、春の桜パフェです。」

そこへ、瀬戸と同じパフェを持った店員が僕の机に近づき、パフェを置くなりすぐ離れていった。多分、僕と瀬戸の会話を聞いてはいけないものだと思ったのだろうか。

「松原くんも、同じパフェ頼んだんですね。」

「あ、はい。メニュー表を見るの、面倒くさくて。」

僕は素直にそう答えた。途端、瀬戸の表情が少しほぐれた。

「え、私も同じ理由です! 面倒だと思ったので、そのままチラシのものを…」

「本当ですか!」

同種だと感じた僕の思考は、間違いではなかったらしい。僕らはパフェを食べながら、その後も少しずつ言葉を交わし、共通点が多いことに気づいた。そのうち、段々と打ち解けてきたことを表すように、お互い堅苦しい言葉を言わなくなっていった。

「台風がよく来ていたから、防災グッズはしっかり準備して来たんだよ。」

今は違うらしいのだが、瀬戸は随分小さい頃に九州の方で住んでいたらしい。九州の災害は近年テレビで話題になっていたのは知っていたので、僕も共感した。

「松原くんは、どこ出身?」

「千葉県だよ。」

「チーバくんだっけ…?ゆるキャラ。」

「うん。チーバくんの、足の方から来た。」

瀬戸が、千葉県公認のゆるキャラを知っているのには驚いた。ほとんどの人は、テレビで一躍有名になった某果物の妖精キャラと、ネズミの遊園地があることぐらいしか知らないと思っていた。

「チーバくんの足の方…その表現、分かりやすいね!」

瀬戸は、意外にもノリノリで聞いてきてくれた。

「僕はそう言ってるよ。大学だと、その方が分かりやすいし。」

「なるほど!」

瀬戸は、マスク越しにフフッと微笑んだ。初めて対面で会って気づいたのだが、彼女は笑う時に肩が若干上下に揺れるみたいだ。顔のほとんどが白いもので隠れていても、本当に笑顔なのが伝わった。


お互い注文したものを食べ終わると、会計を済ませて外へ出た。外は若干日が傾いていたが、まだまだ温かい日差しが降り注いでいた。

「パフェ、美味しかったね。」

「うん。」

瀬戸は、満足げに首を縦に振った。「また食べに来ようかな。」

僕は、そんな彼女を一瞥し、「それじゃ、また。」と立ち去ろうとした。

「あ、松原くん!」

僕は向きかけていた足を彼女の方に向けた。彼女の右手には、スマホが握られていた。

「私も上京してきて知り合いがいなくて…よければ連絡先、交換してもいいかな?」

「あ、こちらこそ。いいよ。」

僕は右ポケットに入れておいたスマホを取り出した。そのまま、メッセージアプリのアカウントを共有した。

なぜだか分からなかったが、西島に連絡先を聞かれた時とは全く違う心持がした。まるで僕も交換したいと思っていたかのような気さえした。

連絡先を交換した僕らは、そこで長く駄弁る訳でもなく、お互いがどこかでするべきことがあるみたいに、そそくさと帰路についた。ただ、それでも嫌な気持ちは全くしなかった。人と関わるのが苦手な僕らには、それが一番よかったのかもしれない。


そんな、入学して初めて人と接した日は、偶然と偶然が重なった日だった。

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