第2話

変に長い入学式を終えた新入生は、そこから一週間、学科ごとにオリエンテーションを受ける予定になっていた。

ただ、去年から流行している感染症の影響で、それらが全てオンラインで行われることになった。知り合いが全くいない僕は、慣れない一人暮らしを行いながら、オンラインの画面上にいなければいけない。

入学前から覚悟はしていたが、誰にも相談できないのは辛かった。入学式の時点で友達を作っておけば、何か違ったのかもしれないと思ったが、もう過ぎた日に後悔しても何も変わることはないと、腹をくくった。


思えば、入学式の日もまともに人と話すことはしなかった。全員スーツにマスクを着用している姿は、自分自身の素性を隠している訳アリな人間なように見えた…それは僕も含め。

全員が最大限空気を読み、この新しい生活をいいものにしたいという思いがにじみ出ているようで、僕は複雑な気持ちになった。新しい環境でいい関係を築こうと思っても、現代の武装によって各自の素性が分かりにくく難しい。さらに、仲良くしたいと思っても、今後関係がこじれることを想像してしまうと、自分から人間関係を構築するのが面倒になる。


『それでは、各グループごとに指定された枠に入って下さい。そして自己紹介をしましょう。』


僕はハッとして画面を見た。学科の副主任が、なぜか勝手に自己紹介コーナーを設けたらしい。画面上には、誰がどの枠に入るのかが分かる表が表示されていた。

僕は静かに枠に入った。


入った枠には、僕を含め四人の生徒がいた。

やせ型で四角い眼鏡をした男子、気合を入れてメイクをしたであろう女子、あまり飾らず白Tを着ている女子、そして僕だ。

「こんちは、西島正吾です! 方角の西に島国の島、名前は正義の正に、吾輩は猫であるの吾っす!」

最初に、西島正吾が話し始めた。どこかの方言が混じっている言い方だった。

「文学部1年で、誕生日は六月六日です。ぞろ目なので、みんな覚えてってくださーい!」

少なくとも、ここには文学部の人間しかいないのに、彼は自分の学部を律儀に名乗った。どこか抜けている人間なのだろうか。

「いぇーい、正吾くん、よろしくね!」

彼にいち早く反応したのは、メイク女子だった。この二人はどこか波長が合う気がすると感じた。

「私は菊川凪です! 漢字は普通に想像できる文字だから、みんな覚えられると思いまーす。あ、彼氏募集中でーす!」

「マジ?凪ちゃん可愛いし、絶対に彼氏いると思ってたわ!」

「え~嬉しい! 頑張って垢抜けたの~!」

二人は、いきなり波長が合ったように話し始めた。明らかに出会いを求めている風な話し方だったので、聞きながら嫌気が刺した。僕は二人の会話を遮るように、会話のミュート機能を外した。

「松原勇樹です。漢字は、画面上に表示されてる名前を見て下さい。よろしくお願いします。」

言い終わると、すぐにミュート機能を付けた。面倒なことに付き合うのはご免だ。

僕の突然の自己紹介に、今まで盛り上がっていた二人も何も言わなかった…と同時に、白Tを着た女子が話し始める。

「瀬戸夕です。よろしく。」

たったそれだけ言うと、彼女も僕と同じようにミュート機能を付けた。

・・・僕は、なぜか彼女と僕は同種の雰囲気を感じた。

「二人とも、同じっぽい名前だね!」

「そうだね! ゆうゆうコンビとかどう?」

菊川と西島が笑いながらそう言った。確かに、僕も瀬戸も「ゆう」が名前に入っている。

でも、それだけのことだ。

僕は瀬戸の画面を見た。彼女は、苦笑いとも笑顔とも取れるような表情を向けていた。その場の空気を読もうとする姿と、本音が出ているような表情だった。

そして、画面に映る自分の表情も、彼女のようなものだった。

何か言った方がいいかどうか悩んでいると、そのまま枠が閉じ、先生のいる枠へと戻った。


大学生活初めての自己紹介は、そんな苦笑いで終わった。

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