第6話 夫人と侯爵
小高い丘に聳え立つ、街一番の豪華な屋敷。モンテスリオ侯国を統治する大貴族、モンテスリオ侯爵の屋敷である。
「鮮やかな香りの紅茶だわ、あなたも一杯どう?」
「いらん……」
暮れ方前の穏やかな一時、屋敷の中庭では一組の男女がガーデンテーブルを囲んでいた。
一人は屋敷の主であるモンテスリオ侯爵。もう一人はラ・ヴォワザンの夜会を訪れていた貴婦人フランソワーズである。
「近頃は貴族の間で不審死が続いているらしいわ」
「そうか……」
「魔女の毒薬が出回っているなんて噂を聞いたわ、とても恐ろしい話よね」
「くだらん噂話などするな」
「わ、私は心配してるだけよ」
「毒など恐るるに足らん、屋敷では国一番の腕を持つグレアム医師を雇ってあるのだからな」
「そう……」
どうやらモンテスリオ侯爵とフランソワーズは夫婦の間柄であるらしい。しかしモンテスリオ侯爵の態度は、妻へのものとは思えない程ぞんざいだ。
「最近は私に冷たいのね、とても寂しく思います」
「うるさいぞ……」
「でも……でも以前はあんなに愛して下さったではありませんか」
「うるさいと言っているだろう!」
モンテスリオ侯爵の一喝により、フランソワーズは渋々と口を噤む。二人の間を流れる空気は、真冬の様に硬く冷たい。
胡乱気に視線を彷徨わせていたモンテスリオ侯爵だったが、やにわに立ち上がり声をあげる。
「……おお、来たかルイズ!」
中庭を抜けて現れる、見目麗しい一人の少女。鮮やかな黄色のドレスを纏った、陽だまりの様に可憐な少女だ。
先程までの胡乱気な態度とは打って変わり、モンテスリオ侯爵はルイズと呼ばれた少女へと駆け寄っていく。
「モンテスリオ侯爵様」
「会いたかったぞ、いつ見てもルイズは美しいな!」
「いけませんわ、奥様に……フランソワーズ様に見られております」
「あんな年増女など気にするな、それにしても若く瑞々しい肌は良いものだ」
興奮した様子のモンテスリオ侯爵は、人目も憚らずルイズの体肢に指を這わせる。
「なぜ私はあんな年増女を正妻に迎え入れてしまったのか、いずれはお前を正妻として迎え入れたいものだ」
「侯爵様っ」
「さあ屋敷へ入ろう、今夜は泊っていけ」
「は、はい……」
モンテスリオ侯爵とルイズは、粘っこく寄り添いながら屋敷へ向かう。
フランソワーズは二人の後を追おうとするも、モンテスリオ侯爵にギロリと睨み付けられてしまう。
「今夜はルイズと二人で過ごす、お前は近付くな」
「そんな……」
「別邸にでも下がっていろ」
「……分かりました」
弱々しい足取りで中庭を後にするフランソワーズ。別邸へと続く小道の途中、不意に足を止め木立の陰へと視線を送る。
「……ジョルジュ憲兵長、いるわね?」
「はい」
木立の影から姿を現す、ジョルジュと呼ばれた壮年の男。
「計画を実行に移すわ。今日の夜会で魔女にオーダーを掛ける、二週間もあれば準備は整うはずよ」
「おお、ついに……っ」
「グレアム先生にも協力を仰ぐわ、憲兵隊にも働いてもらうわよ」
「かしこまりました」
ジョルジュは恭しく敬礼し、木立の影へと姿を消す。
一人残されたフランソワーズは、どす黒い笑みを浮かべながら別邸へと足を速める。
「クククッ……あの女狐、地獄に叩き落としてやるわ……」
地平線へと沈む太陽、緩やかに顔を覗かせる三日月。
その夜、再び魔女の夜会が開かれた。
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