第5話 毒抜きの交わり

 エマとカンタレラの出会いから二週間、二人の奇妙な共同生活は続いていた。


「エマー、お腹空いたー」


「はいはい、これでもどうぞ」


 エマは適当に返事をしながら、怪しげなキノコをお皿に乗せる。

 二週間も共に過ごしているのだ、カンタレラの扱いにも慣れたものである。


「毒キノコは飽きちゃったよ」


「我儘ですね、ではこれでも飲みますか?」


 毒キノコの隣の置かれる、濁った液体で満杯の鍋。


「毒薬を作った残り滓の寄せ集めです」


「……毒キノコよりはマシかも」


「えっ、本当に飲むのですか? 毒薬というより汚水ですよ!?」


 驚くエマを他所に、カンタレラは鍋に溜められた汚水をグビグビと飲み干してしまう。


「んくっ……んくっ……ぷはぁ、意外と悪くないよ」


「本当に飲んでしまいました……」


 鍋を空っぽにすると今度は、毒キノコをポイッと口に放り込む。相変わらずカンタレラの食事風景は異様の一言に尽きる。


「ご馳走様ー……けぷっ」


 お腹一杯で満足気なカンタレラを横目に、エマは手元の薬瓶へと透明な液体を注ぐ。二週間前に催された夜会で、ラ・ヴォワザンが売っていた物と同じ形状の薬瓶だ。


「ふぅ……今夜必要な分は完成しました」


 エマの言葉から察するに、今宵再び魔女の夜会が催されるらしい。


「今回は少し多かったかな、でも間にあって良かった……うっ」


 不意にエマは口元を抑え、慌ててトイレへと駆け込む。

 扉越しに漏れ聞こえる、苦しそうにえずく声。トイレから出てきたエマの顔色は、不気味な程真っ白に染まっていた。


「大丈夫?」


「うぅ……最近は体調が優れません、食べても直ぐに戻してしまいます。もしや何かの病気なのでしょうか……」


「そうじゃないよ、エマは中毒症状を起こしてるんだよ」


「中毒症状?」


「もしかして気付いていなかったの? こんなに換気の悪い地下室で毒薬を作ってるんだよ、中毒を起こすに決まってるよ」


「そ、そんな……」


「長期間に渡り毒物を摂取し続けると、薬物代謝が追いつかなくて慢性的な中毒を起こしちゃうの」


 動揺のあまり震えるエマを、カンタレラはそっと抱き締める。


「エマの体は毒まみれ、いい匂いだねー」


「毒……まみれ……」


「……エマの体に溜まった毒、アタシが取り除いてあげようか?」


「えっ!?」


 カンタレラは舌を伸ばし、エマの外耳をヌルヌルと弄る。その仕草はまるで味見をしているかの様だ。


「あの、一体どうするのですか?」


「全部アタシに任せておいて、それじゃあ着ている物を脱いでね」


「えっ、えぇ!?」


「ほら早く脱いで」


 促されるまま衣服を剥ぎ取られるエマ。僅かに体を震わせながら、生まれたままの姿で立ち尽くす。


「じっとしててねー」


 カンタレラは両手を這わせ、エマの視界をヌルリと塞ぐ。

 暗闇の中エマの背後から、湿り気を帯びた音が聞こえてくる。粘性を帯びた生物的な、得も言われぬ不気味な音だ。


「いただきまーす」


「ひゃっ!?」


 次の瞬間エマの体は、ねっとりとした何かに包み込まれる。

 泥の中で無数の蛇と絡み合っている様な、形容し難い嫌悪感がエマを襲う。


「な、何ですかこれ!?」


「力を抜いて深呼吸して」


「は……はぁっ」


 生温さに纏わり付かれ、全身の穴をヌルヌルと穿られ、エマはビクビクと体を震わせる。


「あぁ……、はぅ……んんっ」


「直ぐに気持ち良くなるからね」


「待って……そこはダメ……」


「んぷ……美味しいよエマ」


「はぁっ……止めてカンタレラ……、それ以上は……あっ」


 地下室に響くエマの嬌声。

 数分の後、唐突にエマは解放された。


「あぅ!?」


 全身ヌルヌルの粘液塗れで床に放り出されたエマ。強烈な刺激の余韻に、呼吸すら儘ならない。


「あ……はぁ……」


「美味しかったよエマ、ご馳走様でした」


 エマは深呼吸を繰り返し、どうにか呼吸を落ち着ける。ゆっくりと体を起こしたところで、自信の体に起きた変化を自覚する。


「えっ、体が軽い!?」


 中毒症状による体の不調が、綺麗さっぱり消え去っていたのだ。

 身を起こしたまま放心状態のエマを、カンタレラはニヤニヤと笑いながら指差す。


「ところでエマ、いつまでおっぴろげてるつもりなの?」


「え……ひゃぁ!」


 エマは元気に跳ね起きると、大慌てで剥ぎ取られた衣服を身に纏うのだった。

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