第4話 無自覚な殺人

「はぁ……もう訳が分かりません……」


 ため息をつき天井を仰ぐエマ、掴み所のないカンタレラの言動に辟易といった様子だ。


「今度はエマの話を聞かせてよ、エマはここで何をしているの?」


「……毒を作っているのですよ」


「いいね、毒作りは楽しい?」


「楽しい訳ないでしょう、ご主人様の命令で作らされているだけです」


「エマがエルフだから毒を作らされているの?」


「──っ」


 エルフであることを指摘され、エマは反射的に耳を隠す。


「……カンタレラはこの国をどう思います?」


「人間臭くて反吐が出そう」


「……この国は人間によって支配されています。私達の様な亜人は差別や迫害の対象とされ、人間の奴隷として働かされるのです」


「エマも奴隷だって言ってたね?」


「私は数年前までエルフの集落で薬の調合を学んでいたのです。しかし集落を離れた隙を突かれ、亜人狩りの人間に捕まったのです。その後は奴隷として何人かのご主人様にお仕えしました」


 エマは自分の胸元を指し示す、そこには禍々しい文様が浮かび上がっていた。


「それは魔法の力で刻まれた奴隷の刻印だね」


「この刻印は今のご主人様に刻まれたものです。ご主人様は私に、かつて学んだ薬の知識で毒薬を作る様に命令されました。それ以来私はこの地下室で、毒を作らされているのです」


「ふーん、今のご主人様って?」


「今のご主人様はラ・ヴォワザンという名の魔女様です。人間社会の王族や貴族と繋がりを持ち、魔法具や呪物の販売で財を成している方です。最近は私の作った毒薬を、貴族の方々にお売りしているらしいです」


 エマは辛そうに表情を歪めながら、奴隷としての人生を語る。

 一方カンタレラはというと、エマの話を聞いて大笑いだ。


「エマの作った毒薬を人間に売ってる? 何その面白過ぎる話!」


「な、何がそんなに面白いのですか?」


「ふふっ、だって……」


 カンタレラの浮かべた笑みは、今までの飄々とした表情とはまるで違った。この世の悪意を全て詰め込んだかの様な、底冷えする邪悪な笑みだ。


「エマの作った毒薬を、エマのご主人様は人間に売り捌いてるんだよね? エマの作った毒薬は、大勢の人間を殺してるってことだよね? つまりエマは大勢の人間を殺してるって事だよ」


「私はご主人様の命令で……」


「命令なんて関係ないよ、間違いなくエマは大勢の人間を殺してる。エマのご主人様は、エマの大量殺人をお手伝いしているだけ」


「大量……殺人……」


 狼狽するエマの背後から、カンタレラはヌルリと抱き付く。


「エマのご主人様って人間だよね、この地下室へ来ることはあるの?」


「いいえ、ここには決して近付こうとされません」


「それじゃあアタシはしばらくの間、この地下室にいさせてもらうね」


「えっ!?」


「毒薬を撒いて大勢の人間を殺すなんて最高だよ、エマのこと気に入っちゃった」


 尖った耳に舌を這わせ、細い体を指で弄る。艶かしいカンタレラの仕草に、エマの顔色は真っ赤である。


「あぅ……っ」


「照れてるエマも可愛らしい」


 先程までの艶かしいは雰囲気はどこへやら、カンタレラは戯けた様にクスクスと笑うのだった。

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